第17話 予感   

 

 

   ずいぶん時が過ぎた。あれから50年・・・

土御門も、来栖も、檜山も、代替わりして若い者が活躍する中で、夢幻斎はそのままの姿で傍観していた。

親しい人たちはもういない。

そして新しい人達が、来ては去ってゆく・・・

今は亡き叔父、葉羽瑠に逢いたくなって来栖家を訪れた。

来栖辺輝(くるす へてる)・・・葉羽瑠の息子が迎え入れてくれた。

彼自身、齢66・・・引退して隠居の身である。

「だんだん、叔父上にお顔が似てこられましたね」

夢幻歳の言葉に辺輝は微笑む。

「私は、父に似ない弱虫の祭司でした」

「いいえ、弱いのではなく、お優しいのです。叔父上も慈悲深い方でした」

「夢幻斎様は、お変わりなく・・・」

心が麻痺するような長い月日を、夢幻斎は生きてきた。そしてこれからも生きてゆく。

ドアが開いて上品な老婦人が入ってきた・・・・面影がある。来栖マリだ。

「マリ様・・・」

立ち上がる夢幻斎を制して、マリは席に着く。

「夢幻斎様がお越しと聴いて、参りましたの・・・・私の事・・・ご存知ですのね」

紅薔薇を引退後、マリはイタリアの教団本部の修道院の主任に就任した。

「お帰りでしたか」

「はい・・・もう、天に召される時が来たので、マリア様に骨をお捧げしようと」

教団のご神体・・・結界でもあるマリア像の下は、薔薇巫女達の遺骨が埋められている。

死しても、マリア像を守る結界となる為に・・・

夢幻斎は瞳を伏せる。

「もう・・・そんなに時がたったのですね。共に闘った時は、花の女学生でしたのに」

「もう・・・すっかり、おばあちゃんでしょう?」

しかし・・・夢幻斎には、彼女こそが美しく見える。時を重ね自然のまま老いてゆく事は、なんと美しい事か。

「あれからは、何事もなく・・・平和に過ごしております。今の薔薇巫女達は、自由でいイキイキとしていますわ」

土御門も檜山も、仕事らしい仕事は皆無であった。それだけ文明が発達して、術に頼らなくなったと言う事だろう。

「そうそう・・・夢幻斎様、お話しましたかしら・・・あれから不思議なことが起こったんです」

「姉さん、父上の痣のことですか?」

辺輝が訊いた。

「ええ。」

痣・・・・・母、ミサから聞いたことがある。叔父葉羽瑠には、江戸時代の転びバテレンの焼印の模様の痣があると・・・

来栖家では、忠昭の転生の証とされていたが、周りの目を気遣って、決して誰にも見せなかったと。

「あの後、消えてしまいましたの、綺麗に。大門架怜が持っていったのかしら」

「そうですか」

解き放たれたのだと夢幻斎は思った。忠昭の恨から。

「お父様・・・・懐かしいわねえ・・・・政宗様の転生の消息はまだ?」

「今は、土御門とは交流を断っていますから・・・・わかりません」

「でも・・・・」

夢幻斎は笑った。

「大丈夫です。逢う時が来れば、あの方から来られます。それに、どんな姿で現れても私には、あの方が判るんです。」

マリは顔を背けて涙を拭った。

 

 

 

 桜は満開だった・・・・・

月光館の前の桜並木は、木漏れ日に華やいでいた。

(出会いは桜の木の下だった)

立ち止まって桜を見上げると、政宗の笑顔が浮かんでくる。

(こんな日は貴方に逢いたい・・・)

夢幻斎は桜の木に近寄り、そっと木の幹をなぞる。

 

(待つことに疲れて、あきらめてしまう前に来てください)

くじけそうな自分と戦いつつ、日々暮らしている。

 

風が吹いて桜がハラハラ散りだした・・・・・・・雪のように・・・・・

 

 

 

 

そして・・・・・・・・

 

 

近寄る人の気配がした。

 

 

 

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