第12話 皆既月蝕

 

     当日、政宗と入れ替わりに茜は帰宅した。

「夢幻斎様の準備は,お済みです。」

そう言い残して。

自分までひどく緊張しているのが判る・・・政宗の仕度は同行の従者が行う事になっていた。

洋館の周りは、土御門の一門が結界を張っている。

 土御門の従者が禊を手伝い、白装束を政宗に着せるとフロアーに待機した。

政宗は階段を昇り、夢幻斎の寝室に向かう。

 

 

 寝室では、禊の濡れ髪をふき取りつつ、夢幻斎が寝台に腰掛けて待っていた。

「お待ちしておりました・・・」

やはり夢幻斎も白装束だった。

「お前もその大奥みたいなの、着せられたのか?」

「大奥?」

「なんか・・恥ずかしいだろう?」

いつもの調子に戻っている政宗に、少し安心した。ルームライトの灯りだけの室内に、着物の白だけが映える。

「少し・・話そう」

政宗は夢幻斎の隣に腰掛ける。

 「今だけは隠し事をするな。ここで何を言っても、明日の朝まで残さないから・・・・」

夢幻斎は政宗を見上げる。向かいあってでなく、並んで話すと言う事が緊張感を和らげている。

「お前が、俺の媒介体になろうとするのは、使命感からか?」

「いいえ、自ら望んでの事です。ですから、政宗様は負担に思われなくてもよいのです」

「なぜ・・・望むのだ?」

夢幻斎は目を閉じる・・・もう逃げられない・・・覚悟を決める。

「貴方の・・・術に堕ちました」

「お前に術なんか、かけてはいない」

「無意識に・・・おかけになったのです。恋という名の術を・・それが母の思惑でもありました」

(ミサが・・・・・・)

「お慕いしております。貴方は、私の最初で最後の唯一の方です。」

自分の方に向き直り、真剣な瞳で見詰める夢幻斎に政宗は驚く。

ひたすら仮面を被り続け、更に自分には決して本心を見せないと思えた夢幻斎の、心の叫びをようやく聞けたのだ。

「先を越されたな・・・・」

優しい笑顔が夢幻斎を包む。

「俺が、お前に妻問いをするつもりだったのに・・・しかし、お前の本心、聞けてよかった。それだけが気がかりだったんだ」

夢幻斎の頭を自分の肩に持たせかけて政宗は話し出す・・・・

「俺は・・・愛とか恋とかには無頓着に生きてきたから、自分の気持ちに鈍感なんだ。でも気が付けば、大事な人が出来ていた、何よりも大事な人が。いつも心の中にいて、支えてくれる。たまにしか逢えなくても、逢えれば勇気が出てきた・・・大事なのに犠牲にしなきゃならなくなって悩んだし迷った。それでも・・・俺は土御門の当主だから・・・今も迷いがないと言えば嘘だけど、自分の能力(ちから)とお前の能力(ちから)を信じてみる気になった。お前と繋がっていたい。俺の我侭でも、それは譲れない。誰よりもお前が好きだ。」

夢幻斎の瞳から零れた涙が政宗の肩を濡らした。

「勿体のうございます・・・・」

夢でも嘘でも、幻でも構わない・・・今この時だけが総てだった。

 「先代は、この想い、一夜きりで斬れとおっしゃった。それができるかどうか迷っていた・・・」

「私の事はお忘れください、一夜限りで。でも今宵一夜だけは・・・貴方の唯一無二でいさせてください。そして・・・名前を・・・呼んではくださりませぬか・・・」

「名前?」

「夢幻斎では無く・・・本当の名前を・・・」

檜山夢幻斎としてではなく、檜山史也として愛される事を彼は切に望んだ・・・

「史也・・・・」

自分の方に夢幻斎を向け、政宗は唇を重ねる・・・・涙の味がした。初めて出会ったあの日から、時を経ても変わらぬ想いそのまま・・・・

夢幻斎を寝台に横たわらせると、政宗はもう一度唇を重ねる。

「あの・・・」

不動のまま固まった夢幻斎が政宗を見上げる。

「不慣れな為・・・無作法ですが、お許しを・・」

「作法・・・それは俺も習わなかったなあ・・・」

ふふふ・・・夢幻斎から笑いが漏れた。

「やっと笑ってくれた。」

夢幻斎の頬にかかった髪をかき上げながら政宗は笑う。

「がまんするな。辛かったら言え。」

 

 

灯りが消される。月の光は降り注ぐ・・・・・今夜は皆既月蝕。欠けた月が再び満ちる・・・不死の象徴。

政宗が夢幻斎にかけた術である。夢幻斎を永遠に欠ける事の無い月にする為に・・・・・・・

 

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