第3話 秘めた想い

 

  「では・・・来週の火曜日、11時30分にこちらにお越しください。うちの車で来栖家に参りましょう」

書斎を出て階段を降りつつ、夢幻斎はそう言った。

「食事を来栖家で・・・ということか」

「はい」

政宗はふと立ち止まる・・・・

「もしかして・・・・洋食か? ナイフとフォークなんて上手く使えんが・・・フォロー頼むぞ。」

初めて遠足に行く子供の様に緊張する政宗がいとおしい・・・

彼が日本一と言われた陰陽師土御門家の、しかも、その中でも歴代最高と言われている当主である事を

忘れてしまいそうな程 実直で柔軟である。

なかなか、そうはなれない事を夢幻斎は知っている。過酷な修行の日々に押し込められた感情・・・

いつも張り詰めて安息の無い日々・・・・・自分が失くした明るい笑顔を彼は持っていた。

心の底から笑える笑顔を・・・・・・

 

「お車は・・・・」

「庭で待たせてある」

 

フロアーを抜けて玄関にたどり着いた頃、茜が急いで迎えに出てきた・・・

「もうお帰りですの?」

「はい。ケーキ、美味かったですよ。シェフに宜しく言っておいたください・・・では」

 

 

 

嵐の後の静けさがやって来た・・・・・・

 

 

 

「あらっ!大変、ライターお忘れになったわ!」

車は出た後だった・・・・茜の手には純銀製の大振りなライターがひとつ。

夢幻斎は茜からライターを受け取りつつ微笑んだ。

「来週お越しになるから、その時お返ししましょう。書斎で叔父上にお渡しする書類をまとめますから、出てくるまで

お出入り無用です」

「はい」

階段を上る夢幻斎の後姿を眺めつつ茜は微笑む・・・

そして客室へ・・・・・

 

 

(あれ・・・)

客室の灰皿を片付けようとして茜は目を疑う。政宗が吸った煙草の吸殻が1本あったはずだったが、

無くなっている。

ライターの事も気になる・・・・

(政宗様、ライターのスペアーくらい持ってるよね・・・)

普段、忘れ物などしない政宗がライターを置いていったことが不思議な茜だった。

 

 

 

書斎の机の前に座り、夢幻際は一息つく・・・・・

愛しい人の抜け殻の中で、しばらくその余韻に浸る。

そっと スラックスのポケットから、紙ナプキンに包まれた煙草の吸殻を取り出す

政宗が残していったもの・・・・

机の引き出しから、母の形見のコンパクトを取り出し、その中に仕舞い込む。

すでにそこには2本の吸殻が保管されていた。

机の前に座った位置から、さっき政宗と向かい合って座っていたデーブルのソファーに目をやる・・・

 

 (来週またお会いできる)

 

そう思うだけで心が騒ぐ・・・浮かれた気持ちを引き締めるのに苦労する・・・

振り切るように彼は、資料整理の仕事に取り掛かる・・・・秘書が持ってきた報告書を取り出す・・

様々な調査、そして資料作成の類は檜山一門が受け持っている。

祖父である13代目夢幻斎の姉にあたる檜山藤霞が 今は御長老として一門を取りしきっている。

当主である夢幻斎のサポートは、長老と呼ばれる者が一族を駆使して行う事になっていた。

 

ー私に、もしもの事があっても檜山は安泰だー 

そう確信している。

次期 夢幻際斎の指導も急がれていた。

すでに分かっている・・・自分は長くはないと。

妻を娶り、子を産んで育て、当主を継承させる事のできる時間は与えられてはいないと・・・・・

 

しかし、それでいい。彼には檜山の家にも、夢幻斎の継承にも、結婚にも興味は無い。

周りがそう望んでいるように、ただ政宗の影の贄として生きて、死ぬ事にしか興味は無い。

そのために彼は、自分の能力(ちから)を最大限に高めて来た。

 

(しかし・・・自分のこの思いは、政宗にとって重荷でしかないのかもしれない・・・)

だから、ポーカーフェイスは崩してはならないと思う。

 

ふー・・・書類から目を離す・・・

想いが乱れる・・・見返りは望まないと言いつつも、想いを秘めて生きてゆくのは苦しい。

感情を切り捨てることに慣れている彼でも、迷う時はある。

 

机の上のライターを手にとって見る・・・・純銀製の、正面に五芒星の印が施されたライター・・・

見るからに土御門家の特注品である・・・・政宗の形見のように愛しい・・・・

 

そっと彼は、コンパクトに収めた煙草の吸殻を取り上げて政宗の喫煙のポーズを再現してみる・・・

頬に一筋涙がつたう・・・・

 

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