第4話 桜の想い出  

 

   土御門家の門の前で、政宗は車を降りる。広い庭には桜の木が植えられており、今が満開だった。

(初めて出会った時、夢幻斎はあの桜の木の下にいた・・・)

黒髪を後ろで束ねた、若武者のようなすがすがしい、そして刃のように冴えた美少年・・・・

 

 

「ここで何をしているんだ?」

政宗がそう言って近づくと、夢幻斎は少し微笑み、深々と頭を下げた。

「師、檜山夢幻斎を待っております」

「弟子か・・・俺が誰か判るか?」

「はい。土御門家の御当主、政宗様であらせられましょう?」

まっすぐに向けられた瞳が眩しかった。政宗は、清い、すがしいその姿に一瞬魅入られた。

「名前は何という?」

「檜山史也と申します」

 

 

夢幻斎はあの頃と少しも変わらなかった。汚れ無き聖域・・・・

 

「政宗様、お帰りなさいませ。」

妻の静香が出迎えに出てきた。

当主夫人として政宗を支える良妻賢母。和服に身を包み、控えめだが芯の強い才女・・・・

「留守中、変わった事は無かったですか?」

「はい。夢幻斎様は、お元気でいらっしゃいましたか?」

「ああ・・・」

彼は、静香にはあまり夢幻斎の話はしない・・・後ろめたいのか、秘めた感情が表れるのを恐れる為か・・・・

真意は分からない。

 

純和風の屋敷に二人は足を踏み入れる。さっきまでいた洋館とは似ても似つかない屋敷・・・土御門本家・・・

「静香様、ライターのスペアーを出してきてもらえませんか?」

廊下を歩きつつ政宗は言う。

「何事かございましたか?」

「いいえ・・・置いてきました。夢幻斎のところに。」

ほっとして微笑む清香。政宗のライターは喫煙の為だけに存在するのではない。術を施した”道具”なのである。

よって消耗品でもある。

 

(・・・あいつは気付くだろうか・・・この意味を・・・)

政宗が書斎に入ると静香は女中にお茶を指示して、土御門家の備品置き場に向かった・・・

 

 

 

 

 

ー満開の桜・・・

母であり、師でもある14代目夢幻斎に待つように言われ、ただ無心に桜を見ていると

向こうから当主の就任式を終えた政宗がやってきた・・・・

土御門家の伝統の白い式服に身を包んだ若き当主が・・・・

 

「ここで何をしているんだ?」

「師、檜山夢幻斎を待っております」

「弟子か・・・俺が誰か判るか?」

判らないはずはなかった・・・・7歳の時、遠くから拝したその雄雄しく、力強い美しさ・・・

今も目に焼きついて離れない。

「はい。土御門家の御当主、政宗様であらせられましょう?」

「名前は何という?」

「檜山史也と申します」

 

その時、母が来た・・・

 

「まあ・・・申し訳ございません。何か粗相でも・・・」

「いや、弟子を式場に入れずに待たせたのか?式に一緒に出ればいいものを」

「いいえ、なりません。それより、若様にお見知りおきいただきたく、連れて参りました。」

ははは・・・華やかに笑うその笑顔さえ魅かれずにいられない。

「若様はやめろ。当主になったのだから・・・」

「申し訳ございません。つい・・・・」

そんな会話を聞きつつ母がうらやましかった・・・・

いつか・・自分も政宗に夢幻斎と呼んでもらうその日を夢見ていた・・・・

 

 

・・・屋敷に帰った後、彼女はこう言った・・・・

「史也・・・あの方とお前は深い縁で結ばれている。7歳の時垣間見させたのも、今日、謁見させたのも

意味があるのよ。お会いしてどうでしたか?」

何ともいえない感情に頬を赤らめ目を伏せる・・

「それでいのよ。あなたは、あの方以外の誰をも愛してはいけない。だから・・あの方があなたの初恋になるように仕掛けました。なぜなら・・・あなたはあの方のために命を落とす運命なのですから・・・」ー

 

 

 夜中、夢幻斎は目覚めた。夢を見ていた・・・昔の夢・・・

確かに、自分は術中にはまった。母の・・・ではなく、政宗の術に。

彼自身無意識にかけた恋という術に・・・

 右手に握っているライターを見詰める・・愛しい人の忘れ物・・・・握ったまま眠ってしまったようだ・・・・・

 (コレを握って眠ったから・・・あんな夢を?)

 今、はっきり判る。自分の政宗への想いも運命であった事を・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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