仮面 1

 

午前中の外回りを終えて、伊吹と龍之介は伊吹のマンションに帰ってきた。

「ホンマにええんですか?この忙しい時に早退なんかして」

龍之介の上着をハンガーに掛けつつ、伊吹は振返る

「ええ。2日後は淀川の結婚式と襲名式、その後は年末年始、息つく暇も無い。外泊も当分無理。

今日くらいはゆっくりせんと・・」

組中が、伊吹の誕生日は暗黙の了解で黙認している。

なので、伊吹も何も言えない。

とりあえず紅茶を入れて、ソファーに座っている龍之介に運ぶと、伊吹も横に座った。

「年末年始は私も鬼頭に泊り込みですから・・・」

「鬼頭に泊まってても、何もできんやろ」

(いえ・・いままであれこれしてますが・・)

無言で突っ込みを入れる伊吹

「それで提案やけど、外回りのついでに何処かによって・・・」

「龍さん!」

伊吹の顔色が変わる

「あかんか、やはり・・・」

「公私の区別付けてください。私はそんな風に、貴方を育てた覚えはありませんよ」

公私の区別・・・・

昔、哲三が言っていた言葉を思い出す・・・・

龍之介は”組長”の時は、伊吹に対しても、氷の刃の眼差しを向けるが、伊吹は公の場でも龍之介に対しては

獣の目を向けない。

伊吹にとって龍之介は組長ではない。24時間永遠に”愛しい人”なのだ

だから言葉で切り替える。”組長” ”龍さん”これは自分の頭を切り替えるためのスイッチ。

自動的に切り替えられる龍之介には、それは必要ない。だから彼はどんな時も”伊吹”と呼ぶ

「実は、公私の切り替えが でけへんのはお前の方と違うか・・・」

訳が判らず、伊吹は龍之介の方を見る

「公私を異常なまでに意識するのは、自分が区別できてないと思うてるから・・やろ?」

思いも付かないことをいわれて、伊吹は固まる。

「側近と情夫(いろ)の切り替え、できてないんやお前。24時間お前は情夫(いろ)なんや。

鬼頭では側近の仮面被ってるだけ・・・・そうやろ?」

え・・・・・

龍之介を見つめたまま、伊吹は固まる。

今までそんな事、考えても見なかった・・・

「俺より冷静な振りして、お前が一番 主観的な奴やったんや。」

「そうなんですか?」

「公の場でも、鬼頭でも、無表情で、実は脳内煩悩だらけなんとちゃうか?」

・・・・・・・・・・・・

冷や汗が出る

「お前が俺を突き放すのは、制御不可能やから。つまり、自制の塊」

どきっ・・・

思い当たったりする伊吹・・・

「まあ、気にすんな。鬼頭のカリスマも、俺の魅力には敵わんということや。」

へタレだった昔から龍之介は、言う事は的を得て鋭かった。頭脳は明晰なのだ・・・

「龍さんは・・・切り替えできてるんですか?」

「無意識にしてるらしい。親父がそう言うとった。”組長”の時の俺は、お前にも氷の刃を向けてるて・・・」

ああ・・・・

そう言えばそうだ・・・そんな事にも気付かなかった

溺愛しすぎて盲目になっていた・・・

「やはり龍さんは鬼頭の血をひいてるんですね」

血筋の違いを思い知る。所詮、伊吹は付け焼刃なのだ。

紅茶のカップを片付けつつ、伊吹は笑う。

「さて・・・どうするこれから?」

 「姐さんお手製のケーキでも食べますか?」

昨日のうちに聡子と紀子から、ケーキと花束のプレゼントが届いていた。

 「そうやな・・・」

龍之介はダイニングに移動する

「ロウソクも立てるぞ」

楽しげにケーキにロウソクを立てる龍之介に伊吹はあきれる。そういうところは子供の頃から変わっていない・・・

とりあえず火をつけて吹き消す・・・

「伊吹、書類ケース持ってこい」

外回りに持ち歩いていたケースを、伊吹は龍之介に渡す

中から小さな黒い箱を取り出すと、龍之介は伊吹の前にそれを置く

「俺から」

箱を開けると腕時計が入っている

「龍さん・・・」

「川にはまった時、時計、オシャカになったやろ?それ以来、時計してないな」

「あの時計は、紗枝様が・・・」

龍之介も覚えている

病室で紗枝は成人式の祝いにと伊吹に時計を渡した。

ー私・・正美くんが20歳になるまで生きれないから・・・今渡すわね−

成人式に直接受け取る事を望んで、そのとき伊吹は受け取らなかった。

そして・・・紗枝の最期に受け取ったそれは、20歳の誕生日からその腕にはめられていた。

浸水して修理不可能なその時計は、今も大事にしまってある。

「お袋がくれた時計以外は、もう身につける気がないんやろ?」

新しい時計を、伊吹は買い求める事はしなかった。

永久欠番・・・その空席は埋められない。

「お袋の変わりに俺が時計を贈る。」

伊吹の、時計の無い左手は紗枝の空けた心の穴・・・それを埋めてやりたかった。

「俺では役不足か?」

「いいえ、貴方以上の人なんて、私には いませんから。喜んで・・」

そう言いつつ、その空席にはめられた龍之介の時計・・・

「よかった・・・受け取ってもらえんと思った」

 「他の誰の時計も受け取りません。龍さんのだからですよ」

「また川にはまったら、新しいの買うたるさかい、心配すんな」

苦笑しつつ、伊吹はケーキを切って龍之介に差し出す

「そんなに何度も川に はまりません・・・でも、これ、オメガでしょう?」

紗枝の時計も、有名ブランドではないが、かなり高価なものだった。

「それくらいせんと・・・鬼頭の藤島やし・・」

「自分はしてはらへんやないですか」

「俺は好かん。必要ないし。時間管理するのはお前やし」

龍之介も、哲三に成人式の祝いにロレックスの時計を贈られている

が・・・派手すぎると言って、つけようとしない。

確かに龍之介は、昔の名残の華奢な雰囲気の為に、あれこれ装飾品をつけると、何故かお水系になる。

弱っちろいイメージを与えるのを極端に嫌っていた。

「そうですね・・・そしたら、これは龍さんの時計なんですね」

紅茶を入れなおして、伊吹は龍之介に差し出す

「お前が俺の時計なんや」

そういってフォークを取る龍之介は、紗枝の面影を宿していた。

「こういうお誕生日ごっこ、何時まで続けられるんでしょうね」

同じくフォークを取りつつ、伊吹は遠い目をする

「死ぬまで続ける。」

迷いの無い確かな眼差し。もう昔の、いつか来る別れの時に怯えていたあの龍之介の姿は無い。

 「そうですね」

追い越されてゆきそうな勢いで成長する龍之介に、伊吹は微笑む。

 

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