兄弟 4

 

その夜、鬼頭の事務室は宴会場になっていた

南原と伊吹、龍之介に高坂が加わり、こじんまりと静かに酒宴が始まった・・・

 

「藤島の兄さん、昨日も飲まはって・・大丈夫ですか?」

缶ビールを配りつつ、高坂が気遣う

伊吹を気遣い、今日はビールで軽く飲む事にしたのだ・・・

「え?昨日?先生と飲んだんか?」

龍之介が問い詰めてくる

「組長にふられて傷心の私を慰めるために、一緒に飲んでくれたんですよ」

冗談のように言っているが、伊吹は根に持っているようだ。

「・・・・泊まったんか?」

何処か凄みをきかせて、龍之介は伊吹を見つめる。南原と高坂は妙に緊張し始めた・・・

「リビングのソファーに寝かせて明け方、帰しました」

「ふ〜〜〜ん」

それ以上何も言わない龍之介が怖い。

緊迫した空気が流れる。

 

 

「義理の兄弟同士、仲良くていいですねえ」

高坂がいたたまれずに話しかける

 

再び沈黙・・・・・・

 

「南原、ところで嬢さんとは最近どうや?」

話題を変えるのに必死になる伊吹

「不思議ですね、だんだん女みたいになってきました」

「もともと女でしょう・・・あの嬢さん」

高坂が突っ込んでくる

出会った時は、綺麗な顔に似合わず、男そのものだった。

それも魅力といえば魅力だが、何処か目の離せない危なっかしい弟のようだった。

それが・・・・・

南原に心を開いてくればくるほど、内面の脆さが見えてきて、心配でたまらなくなり

小動物のように、すりよって慕ってくる桃香がいとおしくなる

気が付けば彼女は、南原の前で恋する乙女になっていた・・・

 

「今回の事で兄さんと組長の事、物凄く よう判りました」

南原の結論。

龍之介を見つめてきた伊吹も、おそらくこんなふうだったんだろう・・・・

「判らんでもええ!」

照れ隠しに龍之介はそっぽを向く

南原の伴侶は伊吹ではない、南原は伊吹なのだ。だから、彼にとっての龍之介が必要だったのだ・・・

「いつの間にか、私のほうが依存してるんです。桃香に」

伊吹はその言葉が身にしみて判る。

「やはり、俺とお前は似てるよなあ」

頷くと南原は苦笑する

(だから・・・・駄目なんです。兄さんと私では。)

するべくして、した失恋。それも今は思い出。

 

「若い恋人のお守りはしんどいぞ」

伊吹の言葉に、龍之介は嫌な顔をする

「それは、今までの経験論ですか?」

南原は、そんな龍之介を横目に笑いながらそう訊く

「可愛すぎて、萌え死にしそうやけどな・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

龍之介と南原、高坂はフリーズした。

あの、藤島伊吹の口から、そんなのろけが出てこようとは

 

「兄さん、変わらはりましたねえ」

南原はしみじみとそう言う

記憶をなくして、再び取り戻してからの伊吹は、少し以前より柔らかい気がする。

肩の力が抜けて楽になって、幸せそうに見える・・・

 

変わって行くのだ・・・人はみな。

少しづつ解き放たれて行く。伊吹はそう感じる。

いつか、素の自分を龍之介に晒す時が来るのだろうか。

龍之介はそんな自分を、やはり丸ごと受け止めてくれるのだろう。

一瞬変わった風の向きに、違う風景が見える事があるように、試練の後に人は何かを見出すのだろう。

「前の兄さんも、そんなにしんどそうには見えませんでしたが、今の兄さん見て、振返るとあの頃より 

かなりリラックスいてはるみたいですよ」

 

やはり、龍之介の影響は大きいだろう

伊吹の総てを受け止めようとしていた龍之介の・・・

 

「怪我の巧妙と組長の功績ですか?」

そう言いつつ、南原は2袋目の柿の種の袋を開ける。

「人は変わっていくもんや」

頷きつつ伊吹は呟く。それを成長というのだろう

「でも、一番過激に変わったのは組長やろうなあ・・・」

という付け足しに龍之介は苦笑する

「試練が半端やなかったからな」

伊吹と結ばれるまでのすったもんだ、結婚のすったもんだ・・・

それでも、それらさえ 伊吹の行方不明事件に比べれば、たいしたことではなかった。

「でも昔の写真見たら、組長、別人ですよ〜 あれは詐欺ですよ」

高坂の言葉にふと、東京旅行中、出会った三条を思い出し伊吹は大笑いした

「三条も気付かんかったしなあ・・・」

三条・・・・

南原は思い出した。

龍之介の大学時代、龍之介にちょっかいだして伊吹に脅された先輩・・・

報告を受けて哲三はかなり怒っていた

そして、伊吹を龍之介のところに置いていることが、どれだけ心強いか実感したと言っていた。

 

「まさか・・・拓海先生と東京行かはったあの時・・・」

「三条のアホが、組長とは知らずにナンパしてきよって・・」

伊吹は頷きつつ南原に話す

「俺見て真っ青になっとった」

そら・・・コワイやろうな・・・

南原は同情する。

(組長の事となると兄さん人格豹変するからなあ・・・ましてや組長襲ったとなると、あの時かなり脅されたやろうし)

滅多にキレないが、キレた伊吹はかなりコワイ・・・・・

 

「凝りん奴やな三条も。昔から、あいつ 女も男も見境いないし、綺麗どころは手当たり次第や。

伊吹に脅されてもあの癖は治らんな・・・」

ちびりちびりと飲みつつ、龍之介はため息をつく

「親父さんはええ人やのに・・・息子は・・・」

伊吹もため息をつく

 

「何か判らんけど・・・組長て・・・波乱万丈ですね・・」

高坂が眉間にシワを寄せて言うのがおかしくて、龍之介も伊吹も南原も大笑いした

「そうかも知れんな。でも、それを言うなら伊吹もかなり、波乱万丈やで」

借金のカタにやくざの家に連れて行かれ、17歳で7歳の龍之介の母代わり、その後、やくざになって

龍之介の情夫(いろ)、親組の内部抗争に巻き込まれて行方不明、記憶喪失・・・生き別れの妹と再会・・・

南原も高坂も大きく頷く

「こんな人生を 事も無げに生きてる兄さんて偉大ですわ」

高坂は感心している

だから、この人は鬼頭のカリスマなのかも知れないと思う。

「変な事に感心するな!」

伊吹は高坂を小突きつつ、今まで頑張ってこれたのは龍之介のお蔭だと思う

龍之介だけを見つめてここまできた

そしてこれからも・・・・・

 

「10年後もこのメンバーでまた飲めるかな・・・」

龍之介の言葉に、それぞれは10年後の自分に思いを馳せる。

「少しづつ変わってるんでしょうね。10年後の私らは・・・」

高坂は未来への希望に夢を膨らませる

「それでも、相変わらずの組長と、相変わらずの南原と、相変わらずの高坂なんやろうな・・・」

伊吹の言葉に笑いつつ、しかしそうありたいと龍之介は思う。

10年後も、このままの鬼頭であってほしい。

そう願う。

 

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