妹の結婚 1

 

次の朝、龍之介と伊吹が鬼頭に着くと、島津が応接室でコーヒーを飲んでいた。

「若ぼん・・姿が見えんと思うたら、同伴出勤か〜」

相変わらずテンションの高い島津に、伊吹はため息をつく

「兄さん・・・そういう言い方は・・・」

組中がスルーしている話題を、やすやすと口にする島津が脅威である。

「結婚指環、何時出来る?」

そして、いきなり事務的内容に入る技はあなどれない・・・

「1週間後に・・・」

袂からメモ帳を取り出し、しきりにチェックしている島津を見つめつつ、伊吹はそれでも島津は凄いと思う。

ふうん・・・・

真剣に何か書き込んでいる島津。

「新婚旅行は・・・東京で・・お兄さんとこに挨拶回り・・あ。招待客リスト、目ぇ通しとけ」

紙切れを渡される伊吹・・・

「鬼頭は、ぼんも若ぼんも姐さんも参席、あとは大学病院の恩師と、患者系と、商店街系で終わり。

新郎側は親戚一同と・・・身寄り無い割にはけっこう集まったな。」

「ああ・・」

島津に任せっぱなしの伊吹は途方にくれる

「ふざけてるようでも仕事はちゃんとするぞ〜ワシは。」

昔から彼はそうだった・・・

「任せっぱなしですみません」

「任しとけ!藤島の妹ならワシの妹も同然や」

「娘とちゃうか?」

龍之介に突っ込まれて、苦笑しつつも瞬時にたちなおり、

「泣くなよ。藤島」

満面の笑顔で島津は伊吹の方に手をかける。

「何で泣くんですか・・・」

それは父親でしょう?と思う伊吹

「ええな〜紀子さん。お前にそっくりで面白いし・・・」

「兄さん、あんまりヘンな事、バラさんといてくださいよ」

ため息とともに、島津に釘を刺し、伊吹は岩崎に呼ばれて事務室に向かう。

「変な事って?」

残された龍之介が、島津に尋ねる。

「紀子さんが、藤島と若ぼんの事に興味津々でな・・・」

え・・・・

龍之介の眉間にシワがよる。

「藤島と若ぼんのラブストーリーを少々・・・」

「信さん!」

龍之介に凄まれても、島津は余りこたえない。哲三さえ頭が上がらないのだから・・・

「いやあ・・・涙無しには語れんわ・・あれは・・」

(笑いすぎて泣けるんとちゃうか・・・)

返す言葉もなく、あきれる龍之介を残して、島津も立ち去る。

「今日も忙しいから・・・」

(その割には余裕たっぷりやんか・・・)

後姿に突っ込みを入れるのが、やっとだった・・・・

 

 

「ええ加減覚えろよ・・・」

「すみません・・」

事務室に入ると、コンピューターの前で、仲良く座って作業中の岩崎と伊吹が見える。

(こいつら・・・)

表情は変えずに、龍之介は少しムカつく。

その波動を背中に感じた伊吹が、恐る恐る振り返る・・・

「かまへん。続けろ」

涼やかな笑顔の奥の圧力に苦笑しつつ、伊吹は立ち上がり、岩崎の後ろに立つ。

「これからも南原は淀川の用で忙しい。お前がフォローせなあかんからな・・・」

気をとりなおして伊吹は作業の説明を始める・・・・

 

鬼頭の中で、伊吹を独占するのは無理なのだ・・・諦めたように事務室を出る。

龍之介は書斎に入り、机の前の椅子に腰掛ける。

鍵のかかる引き出しを開けると、昨日のネクタイピンのケースを上着のポケットから取り出す。

引きだしの中は、重要書類に埋もれて婚約指環1号と2号、そして誕生日ごとに撮ったプリクラがしまわれてある。

そこに、ネクタイピンのケースを忍ばせる。

寝室に置くのは後ろめたい。そんな自分に自己嫌悪を感じつつも、気を使わずにいられない。

 

「組長・・」

ノックとともに伊吹が入ってくる

「ああ?」

龍之介は、あわてて引き出しを閉め、鍵をかける

「結婚式の日、ぼんはどうします?」

「吉原に預ける。」

「そうですか」

「娘の産んだ子は可愛いみたいやな。優希を連れて来いて、うるさいらしい・・」

「よかったですね」

笑いつつ伊吹はソファーに腰掛ける

「しばらく、兄妹水入らずにしてやろうか?」

龍之介も伊吹の隣に座る

「結婚しても、お向かいさんですから別に・・」

「旦那がおるやんか」

「いても構いません」

「お前は困らんでも旦那がなあ・・・」

はっ・・・

伊吹は固まる

「そうなんですか!」

「新婚の家に出入りするもんや無いぞ〜」

え・・そうなのか・・伊吹の頭に様々な思いが渦巻く

「大丈夫、俺がいるから寂しない」

笑いつつ、龍之介は伊吹の肩に手をかける。

「・・・私で遊んでませんか・・・?」

(こいつ、結婚式に泣くんじゃないか?)

龍之介は心配になる。

「俺は、兄弟おらへんから判らんけど・・・やっぱ寂しいか?」

「複雑ですねえ・・」

「お前より、妹の方が複雑やと思うぞ・・」

「そりゃ・・・たった一人の兄が、結婚もせずに、やくざの組長の情夫(いろ)なんて・・・!龍さん!!!」

ははははは・・・龍之介は大笑いする。

 「それでも、これから傍で見守っていける。そう思えば、なあ?」

生き別れの時に比べれば、夢のような事だ。

「そうですね」

 

「にしても・・・寂しいよな・・妹にも南原にも去られて・・・」

慰めてるのか、いじめてるのかよく判らない龍之介・・

「南原は別に・・・あ!結婚祝い何にしよう・・・」

(また南原ネタか・・・)

うんざりな龍之介は低く呟いた・・・

「現金でええ、現金で。」

 

しばらくすると、かすかに、部屋の外で高坂が伊吹を呼ぶ声がした。

 

「・・・また岩崎かな・・・」

立ち上がり、部屋を出る伊吹の後姿にため息の龍之介。

(俺の側近をあいつら、こき使いやがって・・・)

早く南原が戻る事をひたすら祈った。

 

 

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