一千夜 4

 

 「予定が大幅に狂って・・・スープスパですみません。」

今日ばかりは凝ったディナーをと、思っていた伊吹であった。

「メシなんか、何でもええ。藤島伊吹がフルコースで食えるんなら上等や」

「また、そういうことを・・・ああ、うっかりこんな時間になってしまいましたね・・」

そういいつつ、紀子から贈られたケーキを箱から出す。

「そういうこともある」

風呂上りの濡れ髪をタオルで拭きつつ、龍之介は頷く

「誰のせいですか・・・」

「共同責任」

ふうっ・・・・ため息の伊吹・・・

「それに、パジャマでお誕生会ですか・・・」

「風呂上りはパジャマと決まってる。ちゅうか・・お前こそ、わざわざ、また服着てどうする?また脱ぐのに・・・」

同じく濡れ髪をタオルで拭きつつ、伊吹はテーブルに着く

「それでも、一応は・・・」

と、ワインに手をかける伊吹を、龍之介は制する。

「酒はいらん。酔うとお前、寝るから。」

「ああ・・・そうですか」

「何を落ち込んでる?」

さっきから様子がおかしい伊吹の顔を、龍之介は覗き込んだ。

「自制がきかないなあ・・・と思って。最近」

「さっきのことは、引きずるな。ほら、布団被ったら真っ暗になるから〜夜も昼も関係ないって・・・そのうち慣れる・・」

頷きつつ龍之介はフォークをとる

(慣れるて・・・あの・・)

「我慢すると身体に悪いし・・」

滅多に見れない、龍之介の笑顔・・・

「そうですね・・」

伊吹もフォークを取る

「俺が可愛すぎるのが問題かなあ・・・お前のモラルも、俺の魅力には勝てんと言う事か」

少し自信がついた龍之介

苦笑する伊吹。

 

しばらく黙って食事をした後、龍之介は笑い出す。

「藤島伊吹は恥ずかしがり屋さん〜」

ドン!

伊吹の拳がテーブルに振り下ろされる。

「怒りますよ、ほんとに! おんぶに、抱っこで育てたぼんが・・えらい大きゅうならはりましたねえ・・・」

「そういうもんや・・・」

「どういうもんですか!」

あきれて何も言えない・・・・

が・・・こういうときの龍之介は昔の微少年のままである。

そんなところが伊吹には可愛くてたまらない。

 

食べ終えた食器を片付けると、伊吹はケーキにロウソクを立て、火をつける。

「早いですね・・・私ら出会って19年になりましたよ・・・」

「いや、まだ19年や。まだまだ・・・」

そう言いつつ、火を吹き消す龍之介

「お誕生日おめでとうございます」

改めて伊吹は、プレゼントを差し出す。

「贈り物されるのも、悪くないなあ・・」

受け取りつつ呟く

「こういう、やり取りは楽しいモンですよ」

「お前も人の事言えるか・・いつも”いらん”ちゅうくせに・・・」

はははは・・・・

似た者同士なのかもしれない

「私はホンマに、龍さんさえ貰えたら、何にもいらんのですけど・・・」

「それはもう、24時間、何時でもくれてやるぞ」

 またその話を・・・・

苦笑する伊吹に、思い出したように龍之介は詰め寄る

「あ、思い出した!お前、今まで南原に何貰うた?」

また・・・伊吹はため息をつく

「カシミヤのマフラーとか・・・革の手袋とか・・・」

「小物で勝負か・・・」

「・・・それなりに私も返してますし・・・」

「いままで、お前の”なにもいらん”と言う言葉に甘えてきたが、これからはそういう努力もせんとなあ・・・」

腕組みの龍之介は何か決意していた。

「ちなみに、姐さんには何を贈ってはるんですか?」

ふとした疑問である・・・

「花。しばらくは部屋に活けてあるぞ」

「気ぃ使こてはりますねえ・・・」

しばらくの間、沈黙が流れる。

 

「ケーキ食うか・・・・」

ナイフを手に龍之介はケーキをカットする。

「お茶入れますね・・・」

伊吹は立ち上がる

最初から、聡子の龍之介へのバースディプレゼントは手作りケーキだった。

それを考えると、彼らはなるべく残らない物を贈りあっている。

伊吹への暗黙の心使いなのかどうかは、はっきりしないが、それが彼らのやり方なのだろう。

伊吹が紅茶のカップを差し出し、龍之介はカットしたケーキの皿を差し出す。

毎年、二人っきりの誕生日。

しかし、同じではない。いつも、いつも、この時は最初で最後。

そう思いつつ過ごしてきた・・・そしてこれからも・・・

 

 

「龍さん!」

寝室でパジャマに着替えて伊吹は振り向いて叫ぶ。

「え?」

ベッドに横たわっている龍之介は驚いて固まる

「また、唇の皮むいたでしょう?」

唇が荒れやすい龍之介は、夏の終わりごろから、唇ががさがさになる。

気になって、どうしても触ってしまい、伊吹にいつも怒られている。

さっきも手持ちぶたさにやってしまった・・・・

伊吹は駆け寄ると龍之介の顔を覗き込む

「血ぃ出てますよ・・・」

え・・・

血を拭おうと右手を上げたとたん伊吹に傷口を舐められた

「気をつけてくださいね。鬼頭の組長が唇から血ぃ出してどうします?」

「あ・・ああ」

「本当に。昼間も かさついてるなあと思うてましたが・・」

といいつつ横たわる伊吹・・・・

「それはすまん・・・」

昔から龍之介の唇が荒れると、伊吹がリップクリームを塗っていた・・・

「鬼頭にいる時は自分で、寝る前にリップクリーム、忘れんと塗ってくださいよ。」

「ああ・・・」

伊吹といる時は、こまめに塗ってくれていたのだが・・・

「また・・・血が・・・」

と、重ねられる唇に自分の血の味がした・・・・

「貴方が血を流すのは見たくありませんから」

伊吹は龍之介の唇をかなり気にしている

「大げさな・・・」

しかし、昔から彼は、少しの龍之介の怪我にも大騒ぎしていた。

「自分は大きな傷痕、付けときながら・・・」

そっと伊吹の肩に手を置く

乗り越えてきた日々・・・そして・・さらに、立ち向かうこれから・・・

「1度目も2度目の時も守ってやれんかった・・・それでも、俺の傍にいてくれてありがとう」

伊吹の胸に顔を埋める

 「俺はほんまに、なにもいらん。お前だけいてくれたら。」

「欲の無い人ですね」

まだ少し湿っている龍之介の髪を、伊吹は撫でる

「いや、欲の塊やし」

確かに・・・と伊吹は笑う。独占欲は人一倍かもしれない。

 

変わらないその想いで、どれだけの夜を越えてきたのか・・・

これからどれだけの夜を越えて行くのか・・・・

そして・・・

おそらく変わることは無いだろう。

 どれだけの夜を越えても・・・この想いは。

 

 

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