一千夜 1

 

誕生日に龍之介は、聡子のはからいで1日フリーになった。

「組長、すみません。私の方の用事で半日潰れますね」

紀子の結婚指環購入の為、伊吹は助手席に紀子、後部座席に龍之介を乗せて、車で花園拓海宅に向かう。

「鬼頭さん、お誕生日なんですって?おめでとうございます!・・・すみません。せっかくのデート邪魔して」

助手席から紀子が、振返って頭を下げる。

「気にせんといてください」

そう、せっかくのデートなので、部外者でも、付いて行くのだ・・・・

「鬼頭で、待っててくれはってもええんやけど・・」

(いや、付いて行く。意地でも)

 

しばらくの沈黙の後、龍之介は思いついたように口を開く

「で、どこで買うんや?」

「例の、この業界ご用達の、あそこです。」

「春日んとこか?」

「はい」

先日、婚約指環を買いに行った南原から、留美子が”たまには顔を出せ”といっていたと聞き、

挨拶を兼ねて行くことにした。

「どういう関係や?春日とは?お前、妙に気に入られてへんか?」

前から気になっていた。

「目ぇかけては、もらってましたねえ。中学生で、やくざに奉公に来た私を不憫に思わはったんと違いますか?」

ははははは・・・

笑いつつ、伊吹はそう言う

「お前の何処が不憫やねん。親父もお袋も、お前を息子同然に扱ってたのに・・」

龍之介は腕を組む。

「どうも、年上の女に可愛がられる傾向があるな。お前は・・・」

「人の事言えますか?組長、姐さんら主催の”龍ちゃんファンクラブ”あるの知ってますか?」

ああ・・・あれはうんざりだ・・・・龍之介はさらに不機嫌になる

「もうええ」

「鬼頭さんって、やきもち焼きなんですねえ・・・」

とどめに紀子の一撃が・・・

 

「拓海さんも、そうなんだけどね・・」

横の伊吹に耳打ちする

「基本、この二人は同類やから。」

ふうん・・・・

伊吹の言葉に頷く紀子。

 

 

「すみません、わざわざ・・・・」

アパートの前で、拓海は車に乗り込む。

「あ、鬼頭さんお久しぶりです。」

挨拶しつつ後部座席に・・・

「先生、お元気でしたか?」

「おかげさまで。病院の改装もかなり進んでますね・・・ワクワクします〜」

龍之介より年上のはずの拓海・・・どうみても、お子様だった。

「拓海さん、鬼頭さんお誕生日なのよ。今日」

紀子の言葉に、拓海は再び改まって頭を下げる。

「おめでとうございます。おいくつになられました?」

「24です」

・・・・・・・・・

そんなに若かったのか?

拓海は固まる。彼は、自分が年の割りに幼いのだということに気付かない。

「この中で一番若かったんですね・・・」

明るい紀子の声が車内に響いた。

 

「ここ?」

車を降りた紀子が”アンジェリーク”という看板を掲げた宝石店を見上げる。

「知り合いの店なんですよ。」

簡単に伊吹は拓海に説明して、店内に入ってゆく。

 

「あら、藤島!待ってたのよ。」

今日行くことは伝えてあったので、留美子は待ち構えていたらしい。

「ご無沙汰してすみません」

「この前は弟分が来てたわよ。あの子もあんたそっくりね〜。若い子ゲットしちゃうとことか・・」

「春日様?・・・・」

固まる伊吹。

「隠さなくてもいいわよ。女のカンは鋭いのよ」

というか、彼女は人一倍鋭い。杉浦の姐がスカウトしただけの事はある。

「龍ちゃん・・・じゃなくて、8代目、いらっしゃい」

(俺はオマケか・・・)

表情は変えず、しかし少しむっとする龍之介・・・

「まずはお茶しましょう。中にどうぞ」

あっけにとられたまま、紀子と拓海は、なすがままに奥に入った。

 

「藤島、生き別れの妹さんて言うのが彼女?・・・・ふ〜ん、似てるね、やはり」

客室のソファーに座るなり、留美子はそう切り出す。

店員が紅茶とケーキを運んできた。

「こちらが婚約者?・・・何か、昔の8代目に似てる・・・とか言うと・・・怒るかしら?」

ちらと龍之介をうかがう留美子。

「いいえ」

ポーカーフェイスで微笑む龍之介

「私が藤島の事、気に入ってるのは 昔から何処か、征子様に似ていたからなの。今見ても、私の眼にくるいは無いと思うけどね」

とカップをとり、紅茶を飲み始める留美子・・・

「何処がですか?」

自覚の無い伊吹は、不思議そうに訊く。

「包容力ね。自己犠牲精神とか、杉浦には一途に惚れ込んでたしね・・・私、杉浦よりも征子様に惚れて

情婦(いろ)になったのよ。」

え・・・・

龍之介は驚く。ふと、聡子が脳裏に浮かんだ・・・

 

ー私、伊吹さんの事も好きなの・・・−

 

「もちろん、そんな関係じゃないわよ、私達。なんていうか・・・同志かな・・」

同志・・・伊吹が聡子と結んだ関係・・・

征子と留美子 伊吹と聡子・・・・それぞれの関係は似ているのかも知れない・・・

 遠い目をする留美子を、伊吹はいとおしげに見つめる。

そこまでたどり着くまでに、様々な思いを通過してきただろう事は予想が付く。

そして、そこにたどり着いた彼女は、勝利者だと思う。

「春日様、私は春日様に惚れてますけど」

伊吹の言葉に留美子は大笑いしながら言う。

「惚れる相手が違うだろう?ていうか・・・お前は生涯、一人だけを愛しぬく男だから。」

射抜くような留美子の視線に、伊吹は身じろぎも出来ずにいる。

留美子は伊吹を通して、征子を見つめていた。

「だから、私は藤島が気に入っているの」

昔、見えなかった留美子の苦悩や涙が今、見える・・・伊吹はそっと俯く。

「ねえ、藤島、信じて。私、幸せだったのよ。征子様に会えて。杉浦の情婦(いろ)になって。幸せだったのよ」

それが言いたくて、彼女は自分をここに呼んだのかも知れない・・・伊吹はそう思った。

迷うな と・・・

そしてそれは龍之介へのメッセージでもあった・・・・

 

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