繋がり 1
9月下旬、いち早く紀子は新居に越した。つまり、伊吹の向かいの部屋・・・
結婚前に、兄妹水入らずの日々を過ごすことにしたのだ。
「お兄ちゃん、今日はうちでご飯食べていけるの?」
記憶喪失時代に習った、クリームシチューを作りつつ紀子は訊く。
「手伝おうか?」
「いいよ〜料理、練習しないと」
そんな紀子の後姿を見つつ、座って見ている伊吹。
スープの冷めない距離・・・と言うか・・お隣さん。
「知ってる?記憶なくしてた時に料理、教えてくれてたの」
「いや」
そんな事もあったのか・・・
「こんな近くに住めて嬉しいなあ・・・ありがとう!せっかくめぐり会ったのに、また別々なんて悲しいものね」
シチューを皿に注ぎテーブルに乗せる。
「でも高いんでしょ?ここ?」
「親代わりとして、これくらい当然やろ?」
ふ〜ん・・・
頷きつつ紀子は、ジャーからご飯をよそい、箸、スプーンを掴む。
「鬼頭さんが、お兄ちゃんは小金貯めてるとか言ってたけど、貯金、結構あるんだ・・」
(龍さん・・紀子に何言うんですか・・・)
あきれる伊吹・・・
テーブルに食事の準備が進められてゆく・・・
野菜サラダを置き、紀子も席に着く。
「いただきま〜す」
スプーンをとる紀子に、伊吹は訊く
「拓海先生、時々来るんか?」
「送ってくれて、ご飯食べて帰って行ったりするよ。今日は用事で来れなかったけど」
「泊まって行かへんのか?」
はははは・・・・・
紀子は大笑いする
「この前のあれ見たでしょ〜ああいう人なのよ」
そうか・・・・・
伊吹は頷く
「それより、今日 鬼頭さんは来ないの?」
「度々は無理やろ?」
「相手が妻子持ちなのは大変だなあ・・・?!て・・それ不倫?・・・」
おいおい・・・・
「大丈夫!むやみにそっちには行かないから」
「いや・・・別に来ても・・・」
「あの時、鬼頭さんに”じゃまするな”って言われて、あら〜〜とか思ったなあ〜」
・・・・それ何?
「お兄ちゃんだって、知らなくて、好きだった時ね、私、”こんな人に渡すもんか!”とか思ったけど。今ならわかる」
テーブルの水差しからコップに水を注ぎ、伊吹に渡す。
「あの人と一緒にいて、お兄ちゃんは幸せなんだって」
「そう見えるか?」
ふふふふ・・・・
紀子は笑う。その笑顔が何処か、母親の面影に似ていた。
「あの人、お兄ちゃんの事、凄く大事にしてるよね。最近、どっちが保護者かわからなくなってくるよ」
「ああ・・・いつの間にか追い越された」
少し柔らかくなって来た伊吹の表情に、紀子もホッとする。
「年下の癖に、頼れるヤツだよね」
「おい・・」
やくざの組長捕まえてそんな事、言うか・・・
「島津さんが、鬼頭さんとお兄ちゃんの昔の話よくしてくれるよ」
(しなくていい!)
「昔は鬼頭さん可愛かったんだって?」
「襲名は無理とまでいわれたヘタレやったなあ・・・」
本当に奇跡だ。今では想像もつかないほど龍之介は立派になった。
夕食の後片付けをしながら、紀子はコーヒーを入れる。
「結婚した後でも来てね」
「ええんか?」
「うん」
コーヒーのカップを持って、テーブルに着き、伊吹に渡す
「あ、二日酔いになった時は、看病するから言ってね」
「誰に聞いた?」
「高坂さん。携帯取らないから、鬼頭に電話したらお兄ちゃん二日酔いで休暇だって・・・」
そうですか・・・
「やくざの世界も、酒の付き合い大変なのね・・・でも健康管理してね。まあ・・義弟が医者だから心配ないけど」
そう、その義弟に一度 命を拾われた身である・・・・
縁というのは不思議なものだ。
一度は死にかけた身が、今はこうして妹、義弟に恵まれた・・・
「今まで離れ離れだった分、ずっと一緒にいようね」
もう、一人ではない。そんな確信が湧いてくる。龍之介がくれた想い、紀子の存在・・・
張り詰めた日々の中で、ひと時の安らぎ それを味わう。
「今までで、今が最高に幸せやなあ・・」
龍之介のお蔭で、不幸だと思った事はなかったが、伊吹は今が一番満たされていた。
「ずっと、最高に幸せならいいなあ」
紀子も伊吹も今まで一人で歩んできた。そして愛する人に出会い、兄妹は再会した・・・
「試練が来ても、乗り越えたらええ。その後に得るものもあるから」
強い風の日でも、胸を張って顔を背けることなく・・・・
そうすれば、やがて来る、春の日を迎える事が出来る。
「これからも色々あるけど、一緒に乗り越えていこう」
諦めかけていた妹に再会できたのだから、伊吹は自分に不可能は無いような気がする
「うん」
肉親の存在の確かさがそこにあった。
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