宴の後 5

 

早朝、まどろんでいた龍之介は、伊吹の小さな悲鳴で目覚めた。

「伊吹・・・」

半身起こして固まっている鬼頭のカリスマ・・・・

「・・・・これは・・・一体・・・」

かなり動揺している

きっと、一度もこんな格好で寝た事など、なかったろう伊吹。

「すまん。皺になるし、窮屈かと思って俺が脱がした・・・で、パジャマ着せる気力のうて・・・放置した」

「・・・龍さん・・・」

「ちなみに、何もしてないぞ。寝込み襲うとかそういう・・・・・」

そんな事は訊いてない

「とりあえず起きたんやったら、これでも着たら・・・」

本当にとりあえずのパジャマを龍之介は渡す・・・・

力なく受け取り、着始める伊吹を横目に、龍之介は起き上がって水差しの水をコップに注いで差し出す。

「二日酔いは大丈夫か?」

ああ・・・

気付いたように、伊吹はベッドに倒れこむ

「水・・・飲めよ」

 「いえ・・・」

「今日は休暇とれ。」

龍之介は立ち上がる

「俺は出勤するから、休んどけ。昼過ぎにメシもって来るさかい 朝は粥、作っとく」

「すみません・・・」

再び眠りに落ちる伊吹にシーツをかけて、龍之介は寝室を出る。

キッチンで粥を作りつつ、身支度を済ませて、高坂に電話して迎えに来るように言う

何故かとても充実している と思う。

伊吹の世話をやく自分が、嬉しくてたまらない。

ようやく嫁になれた気分。とでも言おうか・・・・・

 

最後に寝室に二日酔いの薬を置いて、龍之介は出勤した。

 

 

 

昼過ぎ・・・・

聡子に託されたおかずの重箱を持って、龍之介が帰ってくると、粥はそのままになっており、

伊吹は深い眠りに陥っていた

 (大丈夫か?おい・・・)

哲三が伊吹を案じて、龍之介に付き添うようここに送った

改めて思えば、伊吹は病気になった時、看護人がいない。

いざとなった時、紀子はいるが まさか二日酔いで看護に呼ぶわけにもいかない

(嫁がおらんと言う事はこういうことか・・・)

滅多に体調を崩す事がなかったから、そんな事も考えなかった。

とりあえず、重箱を冷蔵庫にしまい、ソファーに座る。

そのまま 日ごろの疲れが出てうつらうつらと眠ってしまった・・・

 

「龍さん・・・」

伊吹に起こされて、龍之介は目を覚ます。

「お前・・起きて大丈夫なんか?」

「だいぶ、よくなりました」

服装はすでに、ワイシャツとスラックスに変わっている。

「この夕方にその服装は・・・・」

どうも、パジャマ姿でうろうろ出来ない性質らしい。

「聡子がおかず、見繕ってくれたから・・・朝から何も食うてないやろ?」

と冷蔵庫から重箱を取り出す。

 「粥とかもあるけど」

伊吹はレンジの鍋をみて驚く。

「龍さん、最近 私ら逆転してませんか?」

「そういう時もあるやろ?」

そう言いつつ、龍之介は、鍋を火にかけ、箸をテーブルにならべる。

「お前の老後の面倒も見たるから、安心せい」

はあ・・・・・

何かと、老人扱いしたがる龍之介にあきれる伊吹・・・・

粥を椀によそい、テーブルに運ぶと龍之介は椅子に座る

「食え」

 

無言の夕食が始まる・・・・

 

「さっきの老後の話なあ、本気やで」

最初に口を開いたのは龍之介

「そりゃあ、お前には実の妹もおるし身寄りない訳や無いけど、お前は俺のもんやから俺が面倒見るのが道理やろ」

今までの冗談半分の老後の話とは違うようだと、伊吹は顔を上げる

「俺は今まで、お前の世話になって生きてきたから、ずっとこのままみたいな気がしてたけど 

記憶喪失の一件で考えさせられた」

伊吹は龍之介を見つめる

「俺も嫁になれるんやなあと思った」

「龍さん・・・」

「お前も、俺の前では自然体になったらええのにな。しんどそうやし」

昔から時々、落ち込んだ伊吹を慰めていた大人びた龍之介がいた・・・

必死で支え、守ろうとしてくれる、そんな龍之介が・・・

「俺には格好悪いとこ見せてもええぞ。そういう仲とちがうんか? お前が完璧やから好きなんと違うし・・・」

伊吹は苦笑しつつ俯く

「もうそろそろ、俺をお前の一部と認識してくれても、ええんと違うか?」

お互いがお互いの一部・・・・

美しい部分も、格好悪い部分も自分・・・そう思えれば、苦にならない。

そう思えれば楽になる・・・

「俺がお前に対して、自信ない理由が判った。お前は最後の関門で俺を拒んでるからや。俺は泣いて、

わめいて、甘えて、全部晒したのに、お前は本音を見せへん。自分の家で服脱いだまま寝て

ショック受けるくらいに、俺の前でさえガチガチなんや。たまにそういう事もあって、それが普通で自然で・・・

そうでないと、しんどいと思う」

自分が育てた少年は、いつの間にか、物の本質を見抜くほどに成長していた。

うわべの付け焼刃など通用しないほど・・・

「俺は・・・お前にとって、まだ他人なんか?ホンマに一つにはなれへんのか?」

伊吹の瞳から涙が零れた

何処かで自分は一人だと思っていた・・・誰にも心の奥底は見せなかった・・・・

龍之介の総てを受け入れながらも、自らは心を閉ざしていた。

「昔の俺は幼くて、お前を受け入れる器がなかった。でも、もうええ、いきなりは難しいけど、

徐々に本音出してもええと思う。」

龍之介は立ち上がると、伊吹を後ろから抱きしめる

「17の時からお前は、保護者してたから、俺のせいで肩肘張って生きてきたんやろ?もう肩の荷、降ろしてええぞ」

 小さな腕を懸命に伸ばして自分を抱きしめていた少年は、いつしか自分を包み込めるほどの肩幅を持ち始めた

「お前の安息所になりたい」

そう言ってくれる誰かの存在だけで救われた

 「いつの間にか・・・追い越されてしまいましたね・・・」

「お前が立派に育ててくれたから・・」

そっと伊吹は涙を流す・・・駆け引きも、プライドもない素の関係。

与える事、受け止める事に慣れて 与えられる事、受け止められる事に不器用な彼は戸惑う。

戸惑いながら、いつかはたどり着くのだろう。鬼頭龍之介に・・・・

「それに・・・嫁になる夢はまだ捨ててないし」

「そうですか・・・それでは、老後の面倒は見てもらうことにしましょう」

俯いた伊吹のうなじに、龍之介の涙が落ちる。

「ボケても長生きせいよ。俺より先に死んだら許さんからな」

「龍さん無しで、生きていくのは私も嫌ですけど」

「そういう爺臭い話はやめよう。」

「老後の話、始めたんは誰ですか・・・もう、華の30代捕まえて・・・」

ずっとずっと一緒にいよう・・・・そのため今に総てをかける

10年先も20年先も、このぬくもりが傍にあることを願わずにいられない。

 

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