東京行き 3

 

拓海が伊吹宅に夕食に招待されて来ていた。

食後の紅茶を飲みつつ、語らう義兄弟・・・

「何か、まだ慣れないなあ・・・記憶戻った伊吹さんに・・」

少しぎこちない拓海

「そんなに違いますか?」

「ええ、正反対ですよ。うちにいた頃は”この人ほんとにやくざかなあ”って思いましたし・・・」

へらへら笑いつつ拓海は言う

「今は?」

「まんま、やくざですね・・・」

「コワイですか?」

ふふ・・・・、

人懐っこく笑う拓海・・・しかし目は鋭い

「やくざもチンピラも患者にいました。僕の日常茶飯事です。だから大概は怖く無いんですけど・・・」

そう言いつつ、l拓海はいつかの龍之介に感じた怯えを思い出した

「ただ一人、恐れを感じた人がいます。」

「誰ですか?」

「鬼頭龍之介」

はははは・・・伊吹は笑う。

「ご存知ですか?ウチの組長は、大学2年までは小さくて華奢な、天然微少年やったって・・・」

え・・・・拓海は想像もつかない

「拓海先生に少し似てました。笑顔とか・・・」

そう語る伊吹の表情は、本当に愛しくてたまらない感情に溢れていた。

「あの頃の組長の必殺技は”殺人微笑”でした。笑顔一つで皆、骨抜きでしたから」

あの龍之介に、そんな過去があったとは・・・拓海は声も出ない・・・

「伊吹さんは・・・」

「お義兄さんですよ」

伊吹に指摘され、苦笑しつつ拓海は言いなおす

「お義兄さんは、鬼頭さんの殺人微笑にイカれちゃったクチですか?」

ふっー

顔色一つ変えず伊吹は笑い飛ばす

「笑顔も、泣き顔も、怒り顔も・・・あの人の表情一つ一つが芸術ですから・・・」

だぁ〜〜〜〜〜拓海は顔に火がつくほど恥ずかしかった。伊吹の溺愛ぶりは半端ではなかった・・・・

「では・・今は?」

「氷の刃と噂されるあの瞳ですか・・・」

ぼ〜!!!!さらに大火災状態の拓海・・・よくもこんな、こっ恥ずかしい事を・・・

確かに、龍之介の瞳は大きいので印象的である。

下手をすると、可愛くなりがちなその瞳に 冷ややかな冷たさが宿ると鋭利な印象に早変わりする。

「今更ですが・・・僕がここにお邪魔していいんですか?鬼頭さん抜きで・・・・」

そう、ここは鬼頭龍之介の愛人宅・・・・・

「ああ・・もうそろそろ、組長もこられる頃ですし・・」

(来るって?!)

とたんに緊張する拓海。鬼頭組や、花園医院や、外で会うのと、愛人宅で2人に会うのとは、

なんとなく違う気がする・・・

「お邪魔でしょう・・・帰りましょうか・・」

立ち上がろうとする拓海を伊吹は引き止める

「何 遠慮してるんですか?」

「でも・・・」

「最近、ここは解禁ですから・・・高坂はメシくいに来たし、南原も茶飲みに来てるし・・・」

(いや・・・最近?!)

今までは駄目だったのかな・・・と首をかしげる拓海

「でも、怒られたらどうしょう・・・組長の恋人と二人っきりでお茶したりして・・・」

「ああ・・・昔・・一人おりました。組長に凄まれたんが・・・」

誰とは言わないが・・・・

「もしかして・・・南原さんですか・・」

え!?

人の恋路はよく見えるらしい・・・自分のことは全然なのに・・・とにかく拓海は他人事には鋭い。

 

 

「それはそうと・・・」

顔色一つ変えず、伊吹は話題を変える

「東京行きのことですが・・・来月の頭なら休暇取れるんで・・・」

「判りました。ウチも病院の工事に入るから、時間はありますし・・」

紀子の留守の2,3日間、聡子と優希は顔見せに、吉原に帰ることになっている。

 

「伊吹・・・」

玄関から龍之介が入ってきた

「組長、お帰りなさい」

「お邪魔してます」

伊吹と拓海に迎えられて入ってくる龍之介

伊吹はスーツの上着を受け取ると、ハンガーにかける。その仕草に拓海は再び顔から火が出る・・・

(まるで女房じゃないか・・・・)

「あ、俺も東京行くから。鬼頭商事の東京支店の視察に」

「組長・・・・」

明らかに口実だ・・・・伊吹はあきれる

「ついて行きたいんなら、正直に言わはったらええのに・・・」

 「誰がついて行きたいって?たまたま重なっただけや」

ここで見る龍之介は、今までになく可愛い・・・と拓海は思う

「お前も顔出すか?懐かしいやろ」

確かに、龍之介の大学時代の4年間、伊吹はそこを任されていた・・・

「そうですね・・・」

ついて行きたい龍之介の気持ちも判る気がした。

迷ったり、戸惑ったり、愛しかったり、切なかったり・・・

それまでの13年間を大きく上回る多くの感情を2人で通過してきた・・・そして、紆余曲折を経て結ばれた、

そんな思い出のある東京に、2人でもう一度訪れたいと思っても仕方ない事・・・

 

「一緒に行って、お互いの用が済んだらホテルで合流しよう」

拓海は、ダイニングの椅子に腰掛けてそう言う、龍之介の瞳に えもいわれぬ甘い輝きが宿っているのを見た。

(この人は、伊吹さんの前では、こんな目をするんだ・・・)

さっきの話に出た、天然微少年もまんざら嘘ではないかもしれないと思う。

(ここは・・・やはり特別な場所なんだ・・・)

龍之介が肩の荷を降ろすところ・・・だから、組のものの出入りを禁じていたのだろう・・・最近までは。

口元がにやけている拓海と、龍之介は目が合う。

「僕もう帰りますから〜」

はっとして、そそくさと立ち上がる拓海

「ごゆっくり・・・」

逃げるように帰っていった・・・・・・

 

「気ぃ使わせたかなあ・・・」

見透かされているような、拓海の眼差しに龍之介は耐えられない

「やっぱ・・・ここに客入れるんはどうかと思うぞ・・・」

「そうですか・・・残念です。向かいの402号室、空いてるから、妹夫婦に買ってやろうかと思たんですが・・・」

ふ〜ん  龍之介は頷く

「ええ考えやな・・・しょっちゅう会えるし。お前も寂しいないな」

「でも、いいですか・・」

「お前が妹んとこに行ったらええんや。」

・・・・・・・はあ・・・・

「別に、拓海先生、嫌いとちゃうからな!俺。」

判かっている・・・・・多分、気に入っている

「判ってます」

「何気にあの先生、鋭いやろ?」

はははは・・・・・伊吹もそれを実感していたところだ。

「自分のことは無頓着なくせに。」

ため息の龍之介・・・

「ほんまに・・・自分のことは無頓着なんですか?」

「ああ、紀子さんとの事、うだうだしてたから・・・お前は覚えてないやろうけど、

紀子さんに見合いすすめたんやで!あの先生は・・・」

伊吹は、龍之介の怒りの原因を思い出していた・・・・

「見合いはなあ・・・相手にされるのも、勧められるのも、腹がたつモンなんや」

見合いした事も、龍之介に勧めたこともある伊吹は何も言えない・・・・

「龍さんが上手くまとめてくださったんですね・・・ありがとうございます」

伊吹の、そつの無い交わし方に龍之介は何もいえない。

「風呂沸いてますから」

 

はるかに上手の伊吹に、降伏した龍之介は諦めたように浴室に向かう・・・

 

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