月下氷人 5
南原と別れて、伊吹がマンションに帰ると龍之介が風呂上りの姿で、紅茶を飲んでいた。
「龍さん!すみません。今日は鬼頭におられるものと・・・」
「遅かったな。」
伊吹は内心引きつる・・・
「姐さんの傍に、いはらんでええんですか・・・」
「紀子さんに引き続き、鬼頭に住み込みで看護補助頼んだんやけど・・・聡子は病み上がりやし、
優希の授乳もオムツ替えも、交代でしてもらう事にしてなあ・・・早い話が・・・部屋取られた」
はあ・・・・
伊吹は首を傾げつつ椅子に座る
「紀子が、寝室で姐さんと寝るちゅう事ですか? それでも、龍さん、書斎で休むなり・・・
あの・・鬼頭にいるべきでは?」
はあ・・・・
龍之介は情けなさげにため息をつく
「書斎で寝泊りは不便やから、伊吹のとこ行けと聡子に言われた・・・」
姐さん・・・・・
伊吹は頭を抱える
「聡子は前から、跡取りが生まれたら俺をお前に返すちゅうとった。それでかもしれん」
伊吹にも思い当たる事があった・・・・
「ええんですか・・・それで・・・」
龍之介はなんともいえない・・・
「私も姐さんも、龍さんが幸せになれる方法を取ることを望むので・・・」
突き放された・・・龍之介はそう思った
「聡子の本心は何処にあるのか分からん。お前の事、気遣うての事なんか・・・それとも・・・」
「龍さんが、さらに子供を持つ気があるのかどうか、さらに子供関係なく姐さんと夫婦として残る気があるのかどうか」
優希が生まれたらお役御免。確かにそういう気は無くはなかった・・・
一人っ子で育った龍之介は兄弟などという観念もなかった。
が・・・・・
実際、それは聡子を子供を産む道具にしてしまう事ではないか・・・
「伊吹・・・」
助けを求めるように龍之介は伊吹を見る
「これだけは勘弁してください。私には何も言えませんから。」
夫婦の寝室の事を情夫(いろ)風情がとやかく言えない・・・
龍之介は立ち上がり、寝室に向かう・・・
ここまで孤独に陥るのは初めての事だ・・・・ふらっとよろけた彼を伊吹が支える
「傍には・・・いてくれるやろ?」
「もちろんです」
龍之介がいくら悩んでも伊吹は何もいえない・・・それが苦しい
支えられて寝室に入りベッドに座ると龍之介は伊吹を見る
「飲んでたんか?誰と?」
「南原と。今までの侘びとお祝いに・・・」
ふうん・・・龍之介は頷く
「今日はお前に去られて、聡子に追い出されて、何か・・・無茶無茶へこんだわ」
良かれと思い身を引いたのに、それが仇となってしまった・・・伊吹はベッドに腰掛けて龍之介を抱きしめる。
「すみませんでした。姐さんに譲ったつもりやったんです」
「両方が譲ったら・・・俺は一人ぼっちや無いか・・・」
伊吹は今度ばかりは、判断を誤ったと反省する。
「お前も共犯者なんやぞ・・・・」
「すみません。私自身、龍さんトコの寝室の事情を知るのも、関わるのもタブーなんで・・・
ただ、義務で続ける関係なら、.相手にも失礼になりますよ・・・」
そうか・・・・ため息の龍之介
「一人で考えるから・・・お前はシャワーして、寝る支度せい」
心配げに部屋を出る伊吹の後ろ姿を見つつ、龍之介は仰向けに倒れて目をつぶる・・・
「龍さん・・」
再び部屋に入ってきた伊吹の声に、龍之介は目を開ける
「すまん。やはり、俺は全面的にお前んとこに戻るわけにはいかんから。聡子と、もし男女の仲でなくなっても、
俺は鬼頭の組長で、聡子は姐や。お前は組長側近。そうする事にした」
「判りました」
「つうことで、いつものペースでここには通う。それが一番罪悪感無いし」
頷きつつ伊吹は龍之介の隣に横たわる
「突き放してすみませんでした」
いつもの優しい笑顔に戻っている・・・
「拗ねてたんか?」
「一瞬、少しだけ姐さんに嫉妬したりしました。でも、姐さんにここに送られて喜んでるようなら、
それも問題ですけどね」
ふうー
龍之介はため息をつく
「ややこしい奴やな・・・」
「そういうことで悩む龍さんが、大好きですよ」
そう言われても龍之介は嬉しくない・・・
「機嫌直してください。姐さんも、龍さんのこと、必要ないから言うたんで無い事くらい、知ってはるでしょう?」
だから・・・・胸が痛いのだ・・・・
「まあ・・・確かに、私も共犯ですけど・・・」
妙な三角関係に巻き込まれて、どうしょうもない2人・・・・
「拗ねんでもええやろ・・・」
いつも沈着冷静な伊吹に突き放されたのがかなりショックな龍之介・・・
「私も人間ですから・・・嫉妬もします」
「それは嬉しいなあ。惚れられてる実感湧くなあ」
大人げなかったと少し後悔する伊吹・・・・
「記憶喪失の後遺症かなあ・・・最近お前、なんとなく素直やなあ」
南原もそんな事、言っていた気がする・・・
「そんなに・・・前は素直とちゃいましたか・・・」
龍之介は大きく頷く
「何考えてるかわからん、サイボーグ見たいやった。俺は今の伊吹が好きやなあ・・」
ふうん・・・・・
伊吹はため息をつく・・・・
「今まで通りの微妙な均等を保ちつつ無理なく行きましょう。・・・でも、龍さん、子供生まれると
旦那はほったらかされるのが、世の常ですから覚悟してください」
「お前は傍にいてくれるんやろ?」
「はい」
龍之介は安心して伊吹の肩の頭を乗せる。やっと落ち着いたと安堵する。
「龍さん・・・記憶の無い私は、そんなに素直やったんですか?」
ああ・・・
頷きつつ思い出し笑いの龍之介・・・・
「・・・なんですか・・・その笑い・・・」
「いや。可愛かったなあ・・・あん時のお前・・・」
翻弄されてタジタジだったけれど、一番、伊吹に愛されている実感が湧いた日々でもあった。
「え!何なんですか?可愛いって・・・」
「襲ってしまいそうなんですけど・・・て・・あれ。」
顔面蒼白な伊吹・・・一生の不覚。
「感情がすぐ顔に出て、も〜可愛いのなんの・・・」
・・・・・・・
ケラケラ笑う龍之介の横で落ち込む伊吹・・・・
ずっと押し隠していた想いを知られてしまった。
しかも・・・自分から口にした・・
「なんで・・・伊吹は想いを口にせんのかな・・・俺がどんだけ悩んだか判るか」
龍之介の不安、自信のなさはそこから来ているというのか
伊吹は龍之介を見つめる
「言わなくても・・・判ってはると思うてました」
「判るか!サイボーグみたいで血が通ってるんかどうかもアヤシイ奴。でも、お前の本音はあの時、全部聞いたし」
・・・何か言いましたか・・・・
伊吹の眉間にシワが寄る
ふ〜
龍之介は伊吹の胸に顔を埋める。
「今回のお前の行方不明と記憶喪失事件で教えられる事は多かった。妹も見つけて、収穫も大きかったし。」
「禍福はあざなえる縄の如し・・・ですね」
いつもの笑顔で笑う伊吹に龍之介は頭を上げる
「いつもお前に甘えてばっかりで、何もしてやれんとすまん」
伊吹は笑いつつ龍之介の頬に触れる
龍之介の呼ぶ声がいつも聞こえて、龍之介のぬくもりがいつも傍にあって・・・
それが、どれだけ伊吹を支えてきたか判らない
いつも一人ではなかった。
「やはり、龍さんの事は離せません。申し訳ありませんが、姐さんには渡しませんよ」
一生に、ただ一度だけの伊吹の我侭
「出会ったときから、ずっと俺はお前だけのモンや。今もこれからも」
それが龍之介の結論
だから、聡子は伊吹に龍之介を返す必要は無い
もともと、龍之介は伊吹のモノだったのだから・・・だから
今まで通り暮らせばいいのだ・・・・
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