月下氷人 4

 

聡子が退院した日の夜、伊吹は南原を誘って飲みに行った。

龍之介は、聡子に付き添っていないといけないので、伊吹はフリーになったのだ。

 

「ええんですか?私と飲んでて・・・」

「今日は組長は、姐さんについててもらわんとな。俺がおったら姐さんが気ぃ使うし・・」

カウンターでウィスキーを飲みつつ、伊吹が笑う。

「あんまり、飲んだら駄目ですよ。最近兄さん弱なりましたから・・・」

記憶喪失中に拓海と飲んだのが最初で最後。

その後は、酒から離れていたので、未だにどうも慣れないらしい。

「今まで、お前にも迷惑かけたから、侘びとお礼に誘ったんや。あと・・お祝いと」

ああ・・・南原は笑う

「私こそ、迷惑おかけしました。組長も、色んな思いをされたでしょうに、今までと変わらん対応してくださったのが

感謝です。」

ー俺が南原なんかに負けるはずないやろー

そういっていた龍之介の顔が伊吹の脳裏に浮かぶ

あれは、やせ我慢の極致だ・・・

「大阪逃亡のことはもう忘れろ。しかし・・・あの時はびっくりしたぞ。まさかお前があんな大それた事するとは」

はあ〜ため息の南原

「一生の不覚です」

「お前も可愛いとこあるな。真面目くさって、おもろ無い奴と思てたけど。」

南原は言葉も無い・・・・

「・・・・すまん」

南原の手にそっと置かれた伊吹の手・・・

過ぎ去った、懐かしい思い出のように、甘い感傷に南原は酔う。

「気付いてやれんと。」

ははは・・南原は笑う

「気付いてたら、どうしはりました? 兄さんには組長しかいはらへんのに」

そうい言われたら、返す言葉も無い伊吹・・・

「お前は、ノーマルやろ。どっち道、俺とは無理や」

「そういう兄さんも・・・」

好きに男も女も関係ない。南原もそうだったのか・・・

伊吹は頷く

「そうか。で、嬢さんの事はどう思てる?」

「支えてやりたい、前からそう思うてました。で・・・最近、支えられてたのは自分やと気付いたんです」

カラン

グラスで氷の解ける音がした。

「桃香も最近、変りました。戸惑ったり、目を逸らす仕草が妙に女に見えてきて・・・」

「恋愛感情が生まれてきた・・つーことか」

「そうなんですか?」

判らんのか・・・・コイツ・・・伊吹は固まる

自分同様、恋に不器用なこの弟分を、伊吹は兄として愛している・・・

「お前には、俺やのうて、俺にとっての組長みたいな存在が必要やったんや」

確かに・・・と南原は思う

桃香は、幼い頃の龍之介に何処か似ている。

「俺らは似過ぎてる」

そうか・・・・・南原は頷く・・・

「でも・・・組長には、申し訳ないことしました。兄さんの肩に傷つけて」

確かに・・・・龍之介はその傷を見るたび心を痛めていた。

「心配すんな。組長は俺の事、傷ごと愛してくれてるから」

かっー

南原は赤面する。

「兄さん何時からそんな恥ずかしい事を堂々と言えるようになったんですか!」

記憶喪失の後遺症だろうか・・・南原は考える・・・

「傷があろうとなかろうと、記憶があろうとなかろうと、俺と組長は何にも変わらん。そういうことや」

「惚気ますね〜〜〜」

しかしもう、寂しくも悲しくも無い。伊吹が幸せなのが、南原は嬉しくてたまらない。

そして、そんな自分に少し驚く

 

思ったより彼の中に、桃香は大きな位置を占めていた。

「卒業まで待つんやろ?」

「そうですね」

「仲人は室戸の兄さんか?」

「そうなりますね・・・その頃には、稲垣が組長になってるでしょうし」

はははは・・・・・

伊吹は笑う

「稲垣はお前の義理の兄か・・・」

「しゃーないですわ。」

「若い恋人は手ぇかかるぞ」

ふふふふ・・・

含み笑いの南原を伊吹はいぶかしげに見つめる

「そんな事言いながら、メロメロなくせに。なんとなく兄さんが組長にメロメロになってる理由が判って来ました」

成長(?)した南原を、伊吹は頼もしげに見つめる。

「よかったな」

そう言いつつ伊吹は南原の肩に手を置く

 

伊吹は、肩の荷が下りたような気がした・・・・・

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