月下氷人 3

 

夕方頃に毎日、龍之介と伊吹は聡子を見舞う。

「どうや具合は?」

聡子はベッドの上で起き上がり、優希にミルクを飲ませていた。

「調子、いいですよ。母乳はまだ、あげれないけど。」

すっかり母親の顔になっている。

「麻酔とか点滴とかしたから、完全に体内から抜けるまでは、母乳は駄目なんです」

紀子がそう言いつつ、花瓶の水を換えに行く。

「ぼんも元気そうですね」

伊吹が優希を覗き込む。

龍之介は決定的に”ぼん”から決別する事になる。

「しかし、なあ、信さんは優希をなんて呼ぶんやろ?」

哲三は”ぼん” 龍之介は”若ぼん” では・・・優希は・・・・

大笑いする聡子、あきれる伊吹・・・・

「島津の兄さんも鬼頭の歴史的人物ですね」

その島津も、今は展示会の為忙しい。

「紀子さん、すみませんが、退院後も、鬼頭で聡子の世話お願いしてもええですか?」

吉原は代替わりであわただしくて、それどころではないらしい。

「いいですよ、他ならぬ、お兄ちゃんがお世話になっている鬼頭さんちですもの・・・」

「給料はちゃんと出しますから。聡子も知らん人より、紀子さんの方が気ぃ使わへんと思うし」

「そりゃあ・・・伊吹さんの妹さんですもの。私の妹も同然です」

聡子の言葉に紀子はおどけて言う

「お姉さんできちゃった!」

「兄貴も、もう1人おりますから」

という龍之介に紀子はあきれる

「ずうずうしいですよ〜鬼頭さんは私より若いでしょうが?」

もう、鬼頭ファミリーに懐ききっている紀子・・・・

「でも、伊吹の妹は私の妹。伊吹の義理の弟は私の義理の弟。上下関係の問題ですから・・・」

紀子は大笑いする

「え!!拓海先生も弟なんですか!!!」

「紀子、頼ってええという事や。組長は花園医院を生涯バックアップするおつもりやから・・・・」

伊吹の言葉に、紀子は少し感動した。血は繋がらなくても家族なのだ・・・彼らは。

「でも、婚約者に会えんと寂しいですね」

龍之介は話題を変える

「毎日電話してるから大丈夫です。こっちに出張執刀に来た時は会ってるし」

「ああ・・先日お会いしました私も。病室まで来てくださって・・・」

聡子は嬉しそうにそういう。

他の事はいまいちドン臭いが、仕事はバリバリこなしている働き者の拓海は、今一人で

病院を切り盛りしているのだ・・・・

 

「式の事も鬼頭で、面倒みますから」

拓海には結婚式の段取りをする才覚はない。経済的にも援助が必要だ・・・

「あら、鬼頭さん、市長さんが、市民会館を貸してくれるっていってましたよ〜」

龍之介はあきれて声も出ない

「ちゃんとホテルで式挙げてください。藤島伊吹の妹がケチな結婚式してたらあかんでしょ?」

(そんなもん?)

紀子に見つめられて伊吹も苦笑する。

一生に一度の事、女ならそれなりに、豪華な式を望んで当然ではないか・・・

「紀子は、欲が無いなあ・・・」

「お兄ちゃんと拓海先生、2人とも手に入れたんだから、もう望むもんなんて無いよ」

バカな妹・・・しかし、彼女は伊吹にそっくりだ。

「仲人は誰が?」

聡子が思い出したように言う

「信さんにしてもらおう。有名な陶芸家やしハクつくぞ」

伊吹は笑う

「紀子、よかったな。頼れる兄貴がいて・・・」

「ほんと・・・」

紀子も龍之介を見て笑う

 

 

「あ、組長、南原・・・交際し始めたそうですよ。淀川の嬢さんと」

はっきり婚約となれば、南原は龍之介に報告するつもりらしいが、今の所”前提”なので伊吹にだけ報告した

「あいつらまだ交際しとらんかったんか?」

龍之介はあきれるやら、安心するやら・・・

「組のもんにカップルリング見つかって、大騒ぎしてました・・・」

ふっ・・・・

口元が緩む龍之介

「安心しまた?組長」

嫉妬の種がなくなった龍之介は、かなり余裕だった。

「あほか。南原なんか俺の足元にも及ばんわ」

その割りには、何かにつけて気にしていたようであったが・・・・

 

「おめでたいですね、あちこち・・・」

優希の安らかな寝顔を見て、聡子は微笑む

一時のあの、どん底は過去のものとなった。

しかし、おそらく龍之介は忘れる事は無いだろう。

痛みも、涙も、苦痛も、伊吹に繋がるものは何一つ忘れない。

それらを越えて今があるのだから・・・・・

 

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