月下氷人 2

 

放課後、校門を出たところで桃香は、南原に呼ばれた。

鬼頭の姐の出産事件で忙しいはずの南原が、車で迎えに来ているのに驚いて駆け寄る。

「圭吾!こんなとこ来てええんか?」

「やっと落ち着いたんで、嬢さんにピザでも奢りに来ました」

 

ピザ屋の奥のテーブルに向かい合って座ると、桃香はどこか落ち着かずにそわそわしていた。

「無理せんでええのに・・・忙しいやろ?」

「兄さん、記憶戻りました。姐さんも、ぼんも無事やし・・嬢さんにも心配かけましたから、御礼にデートしに来ました」

伊吹の記憶が戻って、南原は嬉しそうだ。

「藤島・・・よかったなあ。圭吾の明るい顔、久しぶりに見た。」

好きな人に忘れられるのは、やはり辛いだろう・・・

「室戸の兄さんと嬢さんのお蔭です。」

「うちは なんもしてへんし・・・」

こうして南原が、忘れずに訪ねてくれるだけでも、桃香は幸せだった。

「嬢さんも肩の荷下りましたね」

組の事は室戸と、稲垣に総て任せ、桃香は普通の高校生となった。

南原には今の桃香が自然体に見えた。

いつも緊張し、突っ張って、必要以上に気を張っていたが、

本来 桃香は静かなおっとりした性格なのではないかと思う。

正義感は人一倍強く頑固ではあるが・・・

「なんか、楽になった」

微笑む彼女を美しいと思う

オーダーしたピザが運ばれてきて、2人はフォークを取る

 

「圭吾、ありがとう。うちのために今までしてくれた事、忘れへんから・・・」

「別れるみたいな言い方ですね」

南原は笑う。しかし、桃香は笑えない。

「もう、頼ったらあかんやろ・・・」

昔の強引さは何処へやら・・・

「残念ですね、嬢さんに好かれてると思ってたのに・・・カレシでも出来ましたか?」

南原の冗談っぽい言い方に、桃香はため息を付く

「苦しいから・・・圭吾にその気無いのに、うちだけ思い続けるやなんて・・あほくさいし」

何時の間にか、女の顔になった桃香に南原は驚く

出会った頃は無邪気な子供のようだったのに、物思いするようになった桃香・・・

「自信ないんですか?淀川の天下無敵の中嬢さんは、強引にでも私をゲットしはると思いましたが・・・」

そんな事・・・

出来るはずは無い・・・と思う

「圭吾は藤島のこと・・・」

「嬢さん!誰かが聞いたら大事ですよ。兄さんは組長の・・・」

「それでええんか?」

「兄さんが幸せなら私も幸せなんです。それに、藤島伊吹の弟分という肩書きは、死ぬまで私のもんですし・・

それで充分です」

あほやなあ・・・桃香は南原を見つめる

真面目で純情・・・

「藤島なんかより、うちの方がずっとええぞ。可愛いし。」

ははは・・・・

南原は笑う

「そうですね」

「女嫌いか?」

「まともに付き合た事ないんですよ。嬢さんが初めてかな」

「同じ部屋で寝ても、なんとも思わんかった?」

南原は淀川の内部紛争の時、桃香の寝室の警護をしていた事を思い出した。

「そんな事・・・思てたらヘンタイでしょ・・・」

でも・・・と桃香は思う

桃香は一晩中、緊張していた・・・・他の者なら警戒して眠れないところだろう。でも・・・警戒とは違う微妙な感覚・・・・

「でも、あれはひどかったなあ・・・・”こっちに来たら死にますよ”とかいうて・・・ショック受けたわ」

男にされたらショックかも知れない・・・

「嬢さん守る為ですよ」

え?

桃香は南原を見上げる

「自分が信用でけへんから、そうするんです。」

「女扱いされてると思うてええんかな・・・」

妹のよう・・・と言いつつも、やはり一線を引くのはそういうことかも知れないと南原自身も思う

「圭吾、正式に結婚前提で会うてくれる? それでなければ、もう会うのはやめよう。」

それもそうだ・・・その気も無いのに、桃香を連れまわしては、出来る彼氏も出来ない。

第一、思わせぶりな態度で傷つけることになる

「嬢さんは私なんかでええんですか?」

「圭吾しかおらん」

「オジンですよ」

「年上が好きなんや」

「やくざですよ」

「うちもやくざの娘やし・・・」

「後でもっとええ人、見つかるかも知れませんよ」

「圭吾よりええ奴はおらん。圭吾しか見えへんし」

妹から彼女に格上げできるのか・・・南原は真剣に考える。

心配で、いつも桃香に会いに行く・・・しかし・・それだけか?

南原の心のどこかに、桃香が住み着いているのは事実だ。

しかし、これは恋愛感情と言えるのか・・・

でも・・・もう会えないとなると、寂しく辛い。

「何か・・・・私の方が嬢さんに依存してるみたいです・・・」

「してええよ。どんと来い。ちなみに、うちらの仲、反対する奴は一人もおらへんし。もう勝ったようなモンや」

南原は決意して立ち上がる・・・・つられて桃香も立ち上がる

「どこ行くんや?」

「指輪買いに。」

「婚約指輪?」

「それは婚約する時です。今は・・・カップルリング」

「もったいないから、いっそ結婚指輪にしてしまおう」

「ケチってどうするんでるか?今時の若い女の子はあれ買え、これ買えって、うるさいちゅうのに・・・

嬢さんは貧乏性ですね」

レジで会計を済ませて2人は店を出る

「圭吾だけいてくれたら、何にもいらん」

「それじゃあ私の楽しみが無いでしょう?彼女にプレゼントする楽しみが・・・」

そうか・・・

桃香は笑って、南原の腕に自分の腕をかける

これからも南原と会える・・・受け入れてもらえた事が嬉しい。

まだ、南原に好かれている実感は無いけれど、それでも桃香は幸せだった。

かなりの決意でした告白なのだから・・・・

 

「え?今なんて言うた?”彼女”なんか?うちは?」

「そうなるでしょう・・・結婚前提で付き合うと言う事は・・・」

「そうか〜ほな、圭吾はこれからは うちを桃香と呼んでええぞ〜」

はははは・・・

南原は大笑いしながら頷く

「そうですね・・・」

年下の恋人・・・・

これはかなりの癒しかも知れないと思った。

龍之介にメロメロになる伊吹の気持ちも、判るような気がした。

 

 

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