月下氷人 1

 

その夜、伊吹が寝室に入ると、龍之介は南原と電話で事務的な打ち合わせをしていた。

伊吹はそっと、龍之介の前の机に紅茶のカップを置く。

「ああ・・来たか」

電話を切ると振り返る龍之介

「ここに来て電話で仕事せんと鬼頭で打ち合わせたらどうなんですか?」

「昨日、寝てしもたからな。今日こそはと思うて・・」

「寝たらええやないですかあ・・・」

「情夫(いろ)んとこに行って、そのままグースカ寝てたら嫌われるから」

「嫌いませんけど。」

龍之介は咳払いと共に、紅茶のカップを取って飲む。

緊張感がとけて、ゆっくりしたい気持ちもわかる。だから外泊も 組中が黙認している。

「そうですね、無理すると前みたいなことになるし・・・」

「そう、だから、今日は早めに寝室入りした。」

確かに・・・風呂上りのティータイムが無かった。

「まあ、くつろげるのなら、いいですけど」

うん。

龍之介は立ち上がりベッドに腰掛ける

「にしても、お前ら兄妹は懐くの早いなあ・・・長い間、生き別れてたのに一瞬で”紀子””お兄ちゃん”かい」

はははは

伊吹は笑う。自分でも不思議だった。血のつながりとは、そういうものなのか・・・

「龍さん、私のために、紀子に姐さんの介護、頼んだんでしょ?」

「ああ、そしたら毎日会えるからな。」

そんな気回し、何処で覚えたのか・・・伊吹は驚きつつ隣に腰掛ける。

「どうや?妹は?」

「変わってないと言えば、変わってないし、変わったといえば、変わったかなあと」

「ややこしいな」

ふふふ・・・

肩を揺らして笑う伊吹。龍之介の目には幸せそうに見える。

「俺の情夫(いろ)になったのと、妹と再会したの、どっちがうれしい?」

「やきもちですか?」

なんとなく妹に伊吹を取られた気がして、心穏やかではない。

「妹なあ、俺らの関係知ってるぞ。」

え!

驚いて龍之介を振り返る伊吹

「お前に惚れとったからな、俺の情夫(いろ)に手ぇ出すな!ちゅうたんや・・」

「ほんまですか!!」

はははは・・・・・

龍之介は腹を抱えて笑いこける

「嘘、拓海先生が勘付いて、伊吹のこと諦めるよう説得したらしい。その事についても、

話し合うて納得してるから安心せい」

ため息の伊吹・・・・

「お前の妹も、お前そっくりやな。大学病院に誘われてるのに断り続ける、貧乏で医者バカな天然医者と

結婚するんやから・・・・それでも、男見る目は確かやけどな」

龍之介が、その医者を認めている事が伊吹には伝わる。

あ〜あ

龍之介はベッドに横たわる

妹が現れて、伊吹の関心が自分から離れたら・・・という不安が胸を掠める

「妹と俺、どっちが大事や?」

伊吹の腕を引っ張りつつ、そう訊く龍之介は駄々っ子のようだ。

「なんですかそれ・・・」

伊吹はそういいつつ、横になり龍之介に腕枕してやる。

「俺の事、どうでもよくなったんとちゃうか?」

はぁ〜〜〜〜

あきれてため息をつく

「そしたら、姐さんと私どっちが大事ですか?」

「伊吹」

「ぼんと私では?」

「・・・・・・・・・・」

さすがに父親、と伊吹は思った。”伊吹”と即答しない。

「そういうモンです」

「そしたら・・・伊吹も優希に嫉妬するんか?」

「いいえ」

龍之介の子は自分の子も同様。そう思う

自分には生涯、子供は出来ない。だから自分の子の代身でもあった。

「龍さん、こう思わはったら?私の妹は龍さんの妹・・・」

・・・・しかし・・・紀子は年上だった・・・・

「そうか・・」

一人っ子の龍之介は、それでもその気になっている。

「はな。そのうち義理の弟も出来るな。」

拓海も年上だけど・・・・・

「どうせ、そうでなくても、拓海先生は一生かけてサポートするつもりやったけどな。お前の命の恩人やし。」

因縁・・・そういうものはあるのかもしれない。

「紀子にも言われましたよ、お兄ちゃんは好きだけど、一番愛してるのは拓海先生だって」

でも伊吹には それが嬉しい。妹が自分の最愛の人を見つけられたことが・・・

「・・・お前は?」

ふっー

こういうときの龍之介は可愛い。駄々っ子のように欲する言葉をねだる

「もちろん、最愛の人は龍さん、ただ一人です」

今まで、龍之介を不安にさせていたかも知れない、そう伊吹は思う。

受身で愛情表現が希薄・・・そう、龍之介に言われて反省した。

愛する人に 愛されているという実感を与えられなかったのが自らの罪。

「ほんまに?」

(まだ疑うか・・・)

伊吹はあきれる。昔から自信の無さは変わらない

「言うても判らんのなら、襲うてしまいますよ」

そういうと伊吹は龍之介に覆いかぶさり、くちづける

(あほやなあ、俺は)

龍之介はそう思う。言葉が無くても、信じればいいのに。言葉が欲しい。

でも言葉だけでは足りない・・・・

涙が溢れる。

そんな自分に伊吹は総てを与えてくれる・・・惜しみなく

それが嬉しくて、切ない。

 

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