未来への扉6

 

「お兄ちゃん・・・」

遠くで、小さな女の子が呼んでいる・・・

母親に手を引かれて、車に乗り込む

「会いに行くから・・・」

昨夜も、離れたくないと夜通し泣いていた紀子・・・

去っていった・・・母も・・妹も・・・・

 

 

「お兄ちゃん・・・」

ランドセルを背負って、紀子は正美の学校の校門に立っていた。

「こんなに遠くまで来ちゃあ、駄目だよ・・・」

「でも・・お母さん仕事で、いつも遅いの・・・」

おかっぱのあどけない妹は、引越し先から、正美の通う中学校まで会いにきた・・・

「送ってあげるから、帰ろう」

手をつないで歩き出す・・・

「お兄ちゃん、お父さんは?」

「借金取りが来るから、家にいないよ。ほとんど帰ってこない」

そのうち、行方をくらますんじゃないかと心配な正美・・・

「早く一緒に住みたいなあ・・・」

「母さん、困らすんじゃないよ」

「うん」

バス停まで来ると、2人並んでバスを待つ

「あ、チョコレート喰うか?」

鞄から、プレゼントの包みを取り出す

「もらったの?」

「バレンタインデーだったんだ。もっとあるぞ」

綺麗な包みの、その箱を開けるとチョコレートが綺麗に並んでいる・・・・

それを一つ つまんで紀子の口に入れる

「美味いか?」

「うん」

やっと笑顔になった紀子を見て、正美はほっとする

「あ、クマちゃんだ・・・」

不意に紀子は箱の中を指差した

チョコレートの片隅にクマのキーホルダーが入っていた・・・

正美はこれに見覚えがあった。

毎朝、挨拶してくる女学生・・・彼女の鞄についているマスコットと同じものだ。

おそろいのものをプレゼントしたのだろう・・・

「紀子、欲しいか?」

「でも、お兄ちゃんが貰ったものでしょ?」

「でもやる。かわりに、今度会うまで、泣かずに、元気でいろよ」

茶色のビロードの布製のクマのキーホルダー

これが正美の、紀子への最後のプレゼントになった・・・

 

 

次に浮かんだのは病室に横たわる女性・・・

「正美君・・・龍之介をお願いね・・・・」

紗枝は本名で呼んでくれた。

鬼頭組に引き取られた時、藤島伊吹と名を変えた正美の本名を・・・

紗枝自身、伊吹に”姐”と言われる事を拒んだ

伊吹を やくざにするために、哲三はここに連れて来たのは間違いない。

しかし、紗枝にとって、伊吹は、やくざ予備軍の藤島伊吹ではなく、息子同然の藤島正美だったのだ。

その紗枝を失った・・・・

そして、まだ7歳の幼い龍之介が彼の傍にいた

母を亡くして泣きじゃくる、小さな龍之介が・・・

 

ーぼんは私が守りますー

 

何よりも大切なもの・・・

紗枝に託されたと言うよりも、伊吹自身が失いたくない、離したくない宝物。

自分を頼ってくる純粋な魂

愛しくてたまらない・・・

 

ー伊吹ー

 

その笑顔だけで幸せになれた。

 

その少年を腕に抱いた夜に、もう二度と離すまいと誓った。

自分の命よりも大切な最愛・・・

 

ー伊吹ー

氷の刃と呼ばれる怜悧な瞳は2人だけの時には切なく、甘美な輝きを見せる。

時が経つほどに 美しく変化するその人の面影は、今鮮明に脳裏に現れる・・・

 

「伊吹」

美しいテノールに呼ばれるように、伊吹は目覚める

夢で見た、最愛の人が目の前に見えた。

「覚めたんか、よかった。」

「龍さん・・・」

「心配したぞ。長い事 意識不明やったからなあ・・・!さっきなんて言うた?」

「あ、組長。すみません。つい・・・寝ぼけてて・・」

公の場で龍之介を”龍さん”と呼んでしまったことに伊吹は詫びる。

が、問題はそれではない・・・

「で・・なんで私、こんなとこで寝てたんですか?」

「聡子が治療室に運ばれるの見てお前 倒れたんや」

ガバッと起き上がる伊吹

「姐さんに何かあったんですか!」

・・・・・・・

「子供・・・産んで・・・」

「え?生まれたんですか!」

「いや・・・破水したところを、お前が病院に運んだんやろ?」

「え!私が?」

・・・・・・・・

話が食い違う・・・・

「もしかしたら・・・記憶戻ったんか?」

「はあ?」

自分が記憶を失くしていた、という記憶が無いのだ・・・・

 

「藤島さん、僕のこと覚えてますか?」

拓海が隣のベッドから訊く

「?どなたですか・・・・」

確定した。拓海は確信を持って口を開く

「鬼頭さん、記憶は戻りました」

 

その代価として、拓海と紀子は、綺麗さっぱり忘れられていた・・・・

 

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