未来への扉 5

 

 

 龍之介が集中治療室の前に行くと、哲三と岩崎が長椅子に腰掛けて待っていた。

「オヤジ・・・」

「破水したんやて?お前が生まれるときも、色々大変やったけどな・・・」

ため息混じりに言う哲三、そんな話、龍之介は初めて聞く。

「あの時、紗枝も破水して。急いで病院に信さんが連れて行った。ワシはその時やはり、

淀川に呼ばれて行ってたんや・・」

「そんなとこまで一緒か・・・」

龍之介も哲三の隣に腰掛ける

「代々姐の出産は、世話役が立ち会う事になっとんかな・・・うちは。で、伊吹は?」

「聡子見て、お袋の最期の記憶がフィールドバックして倒れた・・・まだ醒めへん・・・」

「ワシも、あの時の悪夢が蘇ったわ。伊吹は当時17ちゅう歳で、7歳のお前抱えて、どれだけの負担やったか・・・」

それでも・・・

伊吹でなければならなかった。

哲三や他のものでは当時の龍之介を落ち着かせることが出来なかった。

だから、紗枝は伊吹に龍之介を託してのだ・・・・

 

「お前も内心、どん底やろ・・・」

情夫(いろ)は倒れて意識不明、妻は出産後容態が悪化・・・・今の龍之介には支えが無い・・・

「でも・・俺には優希がおるから・・」

優希ー 聡子と話し合って つけた子供の名前・・・

「会うて来たか?」

「いや。ここが一段落したら・・・」

(いっちょまえに親父やなあ・・)

哲三は龍之介を見て微笑む

先に進むには、何らかの試練を越えなければならない。

龍之介は、それらを一つ一つ超えてここにいる・・・そして今、また大きな試練が・・・

「多分、大丈夫や。お袋が守ってくれた・・・と思う」

龍之介は、手のひらの中のロザリオの玉を見つめる

「それ・・・」

「お袋の形見。聡子に渡してた・・・」

身代わりにロザリオは逝ってしまったのだ・・・伊吹と聡子の厄を総て払い・・・

そう、龍之介は思う。

 

「伊吹の方はええんか?」

「ああ、南原がついてる。あと・・・内科も外科も出来る医者が同室してるから、何かあったら診てくれるやろ」

本当は伊吹の傍にいたいのだろう・・哲三はそう思う。

「ここはええから、伊吹のとこに戻れ」

哲三はそう言った。

 

 

 

「先生!」

採血室に紀子が駆け込んでくる

「届けましたよ。無事に。はい、トマトジュース」

紙パックのトマトジュースを紀子は差し出し、隣のベッドの伊吹を見つける・・・

「・・・お兄ちゃん!どうしたんですか?」

「いつものあれ・・・」

と起き上がり拓海は、トマトジュースを受け取る

「あ、南原さん、高坂さんも、おひとつどうぞ」

手にしたビニール袋から、トマトジュースを取り出し、紀子は2人に手渡す

「私らは献血してませんから・・・」

高坂は辞退しようとするが、紀子は押し付ける

「健康のためにどうぞ」

「足りそうかな?血?」

「充分だって言ってましたから・・・先生、顔色悪いですね。かなり採ったんですね」

そう言いつつ、拓海の背中をさすったりする紀子に、南原と高坂はあきれる・・・

確かに、婚約してから、なんとなく雰囲気が変わっている・・・・

 

 

「先生・・兄さんは大丈夫ですか?」

 あまりに意識不明が長いので、心配して拓海は伊吹の脈をとってみる。

「呼吸も脈も正常ですけど・・・何か夢を見ているような感じがします」

瞳孔が動いているのと、声にならないが何かを呟いている・・・

「2人1度にダウンされちゃあ、鬼頭さんが心配です・・・後でツケがどっと来て倒れるかも・・・」

「とにかく、姐さんが無事なのを見届けん事には・・・なあ?」

南原の言葉に高坂も頷く

この2人も、かなりの精神的ダメージを受けている・・・

「でも、出張執刀に来た医者に、献血させるってどうなんですか・・・」

紀子ふと思い出したように言う。

「だよね・・でも、かなり動転してたよ。産婦人科の看護婦・・・やくざの姐さんに もしもの事があったら

殴りこまれる とか、怯えてたし・・・」

そういえば、淀川の組長を治療ミスで死なせ、看護婦が投身自殺した事件は記憶に新しい。

「歩く血液銀行ですね。先生は。」

高坂が頷きつつ言うと、拓海は大笑いした。

「健康がとりえですから。血の一つや二つ、人助けに役立てても、バチはあたらないでしょう」

 

何気ない話をしながらも、それぞれの思いは聡子の安否を気遣っていた。

 

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