未来への扉 3

 

6月半ば・・・何事もなく日々は過ぎ、鬼頭の跡継ぎの誕生だけが待たれていた・・・

そんな時、親組の淀川から、呼び出しがかかった。

長女の梅乃と稲垣の婚約が決まり、稲垣の淀川次期組長のお披露目に、鬼頭も呼ばれたのだ。

龍之介は、組長側近の参席は辞退した。

あの、襲撃事件のあった淀川に堅気の伊吹を連れてはいけない。

危険分子は排除したといっても、彼の中で、あの時の傷はまだ癒えていなかった。

「オヤジと参席する」

それが結論だった

「組長、そやったら、若頭でも代理に・・・」

運転手に任命された岩崎は、そう進言する

「いや、中嬢さんのこと思たら、南原は連れて行きたいとこやけど、南原には留守を守ってもらう。

聡子の事もそうやけど、伊吹も、堅気状態で、襲撃されたらアウトやし。」

今まで、堅気の藤島伊吹は門外不出だった。

服装、髪型は今まで通りにコーディネイトしてある。

遠目から見れば鬼頭のカリスマ・・・・

しかし・・・一旦口を開くと、天然100%・・・かなり不憫な状態だった。

「判りました。留守守ります」

自分以外で、伊吹を託せるのはやはり、南原しかいなかった・・・・

「頼んだぞ。病院の電話番号は台所に貼っとくから、陣痛、始まったら連絡して医者の指示に従え」

そういい残して龍之介は出ていった・・・

 

 

「これで淀川は安泰ですね・・・兄さんも、中嬢さんの卒業を待って結婚・・・」

昼食を摂りつつ高坂は茶化す

「おい!」

しかし、桃香の肩の荷が下りたことは事実だ。

やはり、やくざの組長に息子がいないと、面倒な事は免れない。

「聡子さんにお食事運んできますね」

伊吹はトレイを持って、寝室に向かう

龍之介が伊吹に 絶対に立ち入りを禁止した部屋ではあるが、記憶喪失の彼は、それを知らない。

「聡子さん・・・お食事です・・・」

朝から具合が悪くて、龍之介の見送りにも出れなかった聡子が伊吹は気にかかる。

「聡子さん・・・・」

ドアを開けると、ドアの前でうずくまっている聡子が見えた。

「聡子さん!」

トレイを置いて、伊吹は聡子を抱き起こす。

「大丈夫ですか?」

「伊吹さん・・・」

少し安心したように聡子は伊吹を見上げる

「助けて・・・急に激痛がして・・・破水・・したみたい・・・」

床に羊水と思われる液体が広がっていた。

「南原さん!」

大声で伊吹は南原を呼ぶ

「兄さん・・・」

部屋に駆け込んできた南原は青ざめる

「病院に電話して、破水した事を告げてください」

そして、後ろの高坂に向かって叫ぶ

「車出す準備してください」

その時、伊吹は、やくざのコスプレをした看護士になっていた・・・

拓海と共に、介護のボランティアの途中、破水した妊婦に偶然出会い、病院に送り届けた経験がある・・・

そんな修羅場を、拓海の傍で見てきた・・・

伊吹は聡子を抱きかかえて玄関まで運ぶ

「すぐに来るように、との事です」

「行きますよ」

2人は、高坂が玄関前にまわした車に乗り込む。

「運転は俺がする。何回か病院に行ったから、俺の方が道、詳しい。」

南原と高坂は入れ替わり、後部座席に聡子を抱えて、伊吹は乗り込んだ。

「安全運転ですよ」

伊吹の言葉に、南原は深呼吸をする。

焦って事故を起こしては、元も子もない。

彼は組長から、姐と組長側近を守るよう指示されたのだ・・・・

慎重に車走りだした・・・・

 

「大丈夫かしら・・・優希は・・・」

「私がついていますから」

龍之介のロザリオがまかれた左手を伊吹は握り締める。

 

 

病院に着くと、すぐ帝王切開のため、聡子は手術室に運ばれた。

伊吹は思い出したように、携帯を取り出し、龍之介の携帯にかける。

「龍之介さん、聡子さんが今、手術室で帝王切開を・・・」

「帝王切開?何かあったんか?」

「前期破水だそうです・・・すぐ来てください」

「判った」

電話を切り、一息つく伊吹・・・

「気が動転して、龍之介さんに連絡するの忘れてました。」

「にしては、兄さんが一番、沈着冷静でしたよ・・・」

高坂はまだうろたえている。

確かに・・・と南原は思う。

あの場に自分と高坂しかいなかったら、ただ、動転してうろうろしていただろう・・・

介護士の経験か・・・・いや、土壇場で冷静に答えを導く能力は、藤島伊吹その人の本性だろう・・・

 

 

「元気な男の子ですよ」

看護婦が鬼頭三兄弟にそう伝える。

ほっー

としたのもつかの間・・・

「母体の容態が悪化しました、至急 集中治療室に移動します。」

早足でそう告げる看護婦の後から、寝台に横たわったまま、運ばれて行く聡子が通り過ぎる・・・

「伊吹さん、もしもの時は、優希の事お願いします。伊吹さんだけが頼りなの・・・」

そういって、差し出される左手を伊吹は握る

 

「・・・・紗枝様・・・」

 

彼の脳裏に一人の女の面影が浮かぶ・・・・

 

ー正美君・・・龍之介をお願いね・・・龍之介を任せられるのは、正美君しかいないのよ・・・ー

そう言って、力なくその手は伊吹の手からするりと落ちた・・・・

 

 

 

 

 パラパラ・・・・・・・・・

聡子の左手から、切れたロザリオの玉が床に落ちる

 

「紗枝様・・・・」

 

治療室に消えて行く聡子・・・

 

激しい眩暈に襲われて、伊吹はくず折れる

「兄さん!」

 

南原はかろうじて伊吹を支え、途方にくれた・・・・

 

 

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