無意識の幸福 2

 

 花園医院では拓海の留守中、紀子が独りで仕切っていた。

「おばあちゃん、今日は診察は、午後からですよ。」

「先生いないんですか?」

「はい、出張中です。午前中は、お薬だけ差し上げてます」

「じゃあ、また来ます」

「ごめんなさいね」

老婆の小さな後姿に、頭を下げてわびる紀子。

「処で、看護婦さん、先生と何時結婚するんですか?」

足の不自由な、年老いた父の代理で、薬を貰いに来た中年の女が薬を受け取りつつ、訊いて来る。

「先生って?」

「拓海先生ですよ。」

慌てて、両手を振りつつ否定する

「違いますよ、そんな関係じゃないですよ〜」

女は残念そうな顔をして、薬を、買い物籠にしまう・・・・

「じゃあ、いつかは寿退職で、ここ辞めるんですか? みんな紀子さんに、ここにいてもらいたいって

思ってるんですよ」

ああ・・・・・

歴代看護婦は1.2年で結婚して、ここを去って行ったということを思い出した

「お似合いなんだけど・・・先生と・・・」

「そうですか・・・」

「ねえ、カレシいないんなら、考えてみたらどう?」

「無理ですよ〜先生、私のこと女だと思ってないし〜」

 

こんな事は日常茶飯事・・・・・

もう夫婦だと思われていることもしばしば・・・

 

 

ふ〜〜〜〜

一旦、午前の患者さんは皆、帰った。

 

(結婚か・・・・)

兄を見つけるまでは、しないと思っていた。

結婚式に親族が一人もいないなんて、寂しすぎる・・・

 

いや・・・・

 

それより何より・・・・相手もいない・・・・

 

(それが問題か・・・・)

付き合っても、心を許せる所まで行かない。

日に日に、価値観の違いを感じて、限界が来る・・・

今まで、心を全開出来た人は、拓海と伊吹だけ。しかも、その伊吹は実の兄だった・・・

(お兄ちゃんだから、うちとけられたんだ。)

では、拓海は・・・

 

今まで知っている医師とは、似ても似つかない、おかしな医師。それが拓海の第一印象。

5年前、勤め始めた病院で、昔の噂が流れ、居辛くなり辞めた。

新しい職場を探していた彼女の目に飛び込んできた、看護婦募集の文字。

「薄給冷遇・・・それ何・・・」

求人広告も変わっていた。

看護婦募集 年齢不問 薄給冷遇 重労働あり 残業過多

こんな広告で人が来るのか?そう思いつつ、見上げた病院らしき建物に、紀子はあきれる。

(ボロい・・・ボロ過ぎる)

改めて薄給冷遇の意味を知る。

(こんな貧乏で切羽詰ってたら やめさせたりしないかも・・・)

微かな望みを胸に、階段を昇り、花園医院と書かれたドアを開ける・・・・・

 

 

ーあの・・・表の看護婦募集の張り紙、見て来たんですけど・・ー

中にいたのは、眼鏡の優男。変にニコニコ、愛想がよかった。

ー資格さえあればすぐ採用ですよ。ただし、張り紙にあった通り”薄給冷遇”ですが・・・それでもいいですか?−

例のことは、一応耳に入れておくべきだろう・・・そう決意した。

ー訳アリなんです・・・私ー

医療ミスの濡れ衣を着せられ、病院を追われて、職場を転々としている事を話した。

ー貴方は、ミスってなかったんでしょ?だったら問題ないです。ここで働いてくださいー

意外な言葉に、紀子は耳を疑った

(信じてくれるんだ・・・私のこと・・・)

当時、誰も信じてはくれなかった。今も・・・昔の噂を聞くと皆、紀子に対する態度を変える。

ー私は外科医ですが、内科も整形外科も神経科も習得してて、得意なのは精神科。

読心術は朝飯前なんですよ〜−

シャレにならない冗談を飛ばしつつ、笑う変な医者・・・・・

しかし、その冗談の中に真実を見た気がした。

 

 

実際、知れば知るほど、花園拓海という医者は人格者だった。

今まで出会った医師の中で、最高の技術と、人徳を兼ね備えていた。

・・・時々、アヤシイ草をとってきては、薬草の研究をする変な趣味を除いては・・・・

大学病院の有名な教授が呼んでも、あえて、下町の町医者に甘んじて弱い者の味方でありたいと願う大バカ

ただただ、治療する事だけに命をかける医者バカ・・・

 

給料はもらえない時も、町内の商店街から貰う米や野菜、魚、肉で食費は賄えた。

 拓海が出張執刀するのは、紀子の給料の為。

ー僕はいいけど、紀ちゃんはお洒落したいでしょ?給料の変わりに米、野菜じゃあ申し訳ないし・・・−

そういう医者だった・・・・

 

一緒にいて居心地がよかった。

(幸せだったんだ。今まで・・・)

改めて気付く、小さな幸せ・・・

 

寿退職など、思ってもみなかった・・・

(ここにいたいなあ・・・ずっと。)

やってくる患者さんも、町の人も皆、好きで、たとえ給料が無くてもここで働いていたい気がした。

(結婚しなきゃいけないのかなあ・・・)

もし、拓海と結婚すれば、ずっとここで働ける・・・・

(でも・・・)

ため息の紀子・・・・

恋人になど、なれない気がする。自分達はそんな関係、似合わないと思う。

恋とか愛に一番遠い2人のような気がする・・・・

(ときめきが無いし・・・)

 

映画や、小説のような恋愛を夢見る紀子は、劇的な恋愛の末に結婚する事を夢見ていた。

 

なのに・・・

拓海の笑顔を思い出す・・・・

(緊張感の無い笑顔だし・・・・)

 

それでも・・・小さな幸せは、彼女のすぐ傍にあるのだ。

 

 

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