無意識の幸福 1

 

 「お疲れ様でした」

看護婦達に会釈しつつ、拓海は手術室を出る。

大学病院の出張執刀・・・

乞われてする時もあれば、恩師がわざわざ まわしてくれる事もある・・・・

脱衣室に入り腕を洗い、着替える・・・

なんとなく大きい病院は落ち着かない。

帰ろうとすると噂の恩師、服部義英が向こうからやってくる・・・

「花園、よってけ」

と教授の書斎に呼ばれる。

 

「コーヒー入れてやるぞ・・・」

入るなり、お茶の準備をする初老の教授。父親のように拓海が慕っている唯一の尊敬する医師。

「お構いなく。いつもお世話になりますねえ・・・」

ソファーに座り、笑う拓海にため息をつく服部。

「いい加減に、ボロ病院たたんでこっちに来いよ・・・」

「嫌ですよ〜親父のボロ病院継ぐために、医者になったんですから〜」

拓海は医学生の頃から優秀だった。服部は自分の助手にしたいと思い、何度も声をかけたが拒否された。

「・・・そのために・・・外科、内科、小児科、整形外科・・・・あれこれ習得したというのか?」

拓海は雑多な医者だった。持ち前の明晰な頭脳で、あちこちの講義に顔を出し習得した。

「あ・・・産婦人科だけは取らなかったなあ・・・そういえば・・・」

(おいおい・・・・)

苦笑しつつ、服部は拓海にコーヒーを差し出す。

「じゃあ・・・ワシの娘と結婚せんか?」

せめて娘婿にでもしたいと、縁談を持ち掛ける・・・

「いくつなんですか・・・」

「結婚していないのは末娘だけで・・・今18だ。」

「子供じゃないですか!!」

「2年経てば20歳だぞ。女は若いにこした事はなかろう?」

拓海はあきれる

「僕はロリコンじゃありません」

「お前・・・・・やはり、あの看護婦と・・・」

いきなり深刻な恩師の表情に怯える・・・

「だれです?」

「お前んトコにいる・・・あの・・」

「紀ちゃん?」

「そう、紀ちゃん・・・て、そういう仲か?!」

はははははは・・・・・

腹を抱えて笑う愛弟子を、怪訝な顔で見つつ、服部は言葉を失う

「彼女は僕なんか、男とも思ってないですよ〜」

「しかし・・・ああやって、いつも一緒にいると・・・・その・・なんだ・・」

もう・・・・

拓海は飲み干したコーヒーのカップをテーブルに置くと、立ち上がる。

「もし、紀ちゃんが嫁に行けなかったら、変な噂流した先生のせいですよ〜〜〜」

そう言いつつドアが閉まる

服部は長いため息をつく・・・・・

 

 

(結婚か・・・)

車を運転しつつ拓海は考える

商売と言うより、ほとんど人助けで医者をしていた父・・・そんな父を母は理解していた・・・

貧しくても、泣き言一つ言わずついて来た・・・

そんな女は中々見つからない。そう思うから、拓海は結婚から遠ざかる・・・

妻の為、子供の為に、今の信念を曲げる気は無い。

 

ー拓海先生・・・何時、紀ちゃんと結婚するんですか・・・−

 

患者さんに、しょっちゅう聞かれる。

紀子も、いい加減嫁に行かないと、彼女の人生は花園医院で終わってしまうだろう・・・

出会って5年になる・・・・・

 

 

ーあの・・・表の看護婦募集の張り紙、見て来たんですけど・・ー

5年前の初夏、ポニーテールに、アイスブルーのワンピースの娘が花園医院にやって来た。

ー資格さえあれば、すぐ採用ですよ。ただし、張り紙にあった通り”薄給冷遇”ですが・・・それでもいいですか?−

思いつめた表情の紀子に、拓海は微笑む・・・

ー訳アリなんです・・・私ー

医療ミスの濡れ衣を着せられ、病院を追われて、職場を転々としている事を聞かされた・・・・

ー貴方は、ミスってなかったんでしょ?だったら問題ないです。ここで働いてくださいー

ー信じてくださるんですか?−

ー私は、外科医ですが内科も、整形外科も、神経科も習得してて、得意なのは精神科。

読心術は朝飯前なんですよ〜−

あっけにとられて、言葉も出ない紀子の顔が今でも思い出される・・・・・

 

ふふふふ・・・・

ひとりでに笑いがこみ上げる・・・・

 

(もう5年か・・・)

歴代看護婦達は2,3年で寿退職していった・・・・

紀子が一番長い。

確かに、いつも一緒で、周りからは夫婦と思われているが・・・

(紀ちゃんも嫁に行かなきゃなあ・・・)

自分の縁談は棚に上げ、人の心配をする拓海であった・・・・

 

TOP          NEXT 

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system