微妙な日常 3

 

 ドライヤーの電源を切り、伊吹はコードを抜いて引き出しにしまう。

リビングに龍之介の姿はすでに無い。

鬼頭組で夕食を皆と一緒に摂り、その後も雑談で盛り上がり、帰りが遅くなってしまった。

さすがに疲れて先に休んでいるのだろう・・・そう思いつつ、戸締りをし、灯りを消し自らも寝室に入る。

 

寝室の灯りはつけたまま、龍之介は眠っている・・・・・

伊吹が灯りを消そうとした時、不意に龍之介の声がした

「消すな」

「寝てたんじゃないんですか?」

伊吹の問いに答えず龍之介は起き上がる

「お前を待ってたんや」

以前にもこんな台詞、聞いたことがあるような気がすると思いつつ、伊吹は龍之介の横に腰掛ける

「何か、話でも?」

「お前、懐きすぎや」

はぁ・・・・・

「何でいきなり、鬼頭で和んどんのや・・・・」

ああ・・・と伊吹は笑う

不思議だった・・・記憶は無いのに、ここは自分の居場所だと思えた。

とても落ち着いた・・・・

「龍之介さんは・・・組長なんですね、やはり。」

伊吹には、龍之介の背負っているものの重さも見えてきた。そんな一日だった。

「なあ、傷、見せてくれ」

「え?」

「新しい傷痕、俺、まだ見てなかった」

肩の傷を、改めて見せることに戸惑う伊吹のパジャマのボタンを、龍之介は外し始める

「龍之介さん?!」

おかしな独占欲に駆られて、意地になっている龍之介のなすがままになっている伊吹。

パジャマの襟がめくられて、むき出しになった肩から、いつもの古傷と銃弾を摘出したところの縫合の痕が現れる。

「ちょうど十字になっとるなあ・・・」

ため息の龍之介。

しかし、拓海はかなり丁寧に縫い合わせたらしい事が伺える。

そっと傷跡にくちづけて、龍之介は涙をこぼす・・・・

 

もう二度と伊吹を傷つけるまいと誓ったのに・・・・守ると誓ったのに・・・

また新しい傷を負わせてしまった・・・・

 

「龍之介さん・・・」

傷を舐められて伊吹は戸惑う。

「お前が言うたんやぞ、怪我したら舐めて治してくれって・・・」

(今更、舐めても治りませんよ・・・)

不意に顔を上げ、龍之介は伊吹の首の付け根を凝視する

「俺がつけた痕は綺麗さっぱり消えて、南原庇って出来た傷と、チンピラに撃たれた痕は残ってるて、

物凄いムカつくんやけど・・・・」

「つまり・・・嫉妬してるんですか・・・」

ようやく、龍之介の行動の意味を知る伊吹・・・

「じゃあつけますか?一生消えない傷跡を・・・」

思いつめたような伊吹の声に、龍之介は顔を上げる

「いいですよ。その傷で龍之介さんを拘束できるなら喜んで」

 

他者に対して隙の無い伊吹は、龍之介には無防備・・・

そう哲三は言った・・・

彼は、龍之介には命までも預けている・・・

記憶をなくしてもその思いは変わらない・・・・

 

「そんなヘンタイみたいなことできるか!アホ言うな」

19歳のあの夜から、夜毎に、その傷を見るたび心が痛んだ・・・

なす術も無く、ただ傷跡を舐めた・・・・・

「人の気も知らんと・・・」

涙を流しつつ、龍之介は伊吹をベッドに押し倒す

「その傷見るたび、俺が痛みを感じてる事、わかってないんやろ・・・お前は・・・」

ふっー

笑って伊吹は龍之介の涙を拭う

「傷は傷でしかないですよ。私達が互いに刻み合ったものは、傷なんかじゃなく、

お互いの存在だったんじゃないんですか」

目に見えるものより目に見えないものの方が尊い・・・・

判っていても、確かな証が欲しくて身悶えする・・・・人は愚かなのだ・・・

過去の記憶が無くても、伊吹の中に龍之介の存在が残っている・・・

それは互いの身体に 夜ごとに刻んだ愛の証・・・・

 

「龍之介さんは、本当は泣き虫なんだ・・・」

龍之介の、とめどない涙を拭いつつ、伊吹は笑う

「うるさい・・・誰のせいで・・・」

言いかけて、龍之介は伊吹の唇に自らの唇を落とす・・・・・・・

 涙は伊吹の頬につたい落ちて来る・・・

 

「やはり、貴方が傷ついたら、私も痛いですよ。」

伊吹を見下ろす龍之介の頬に触れつつ、伊吹は笑う

「だから、怪我は気をつけます」

頬から首筋に指を這わせつつ、ボタンを外す・・・・

「白い・・・・綺麗な肌ですね・・・」

「傷モンになったら嫌になるか?」

「いいえ。その傷ごと愛します。」

貴方がそうしてくれたように・・・・・・

「舐めて治してあげますよ・・・」

え・・・・

一瞬目をそらす龍之介に大爆笑の伊吹。

「今、変な事考えたでしょ?」

「考えてない!お前、ほんまに記憶喪失か?そういうトコ、ちっとも変わって無いやんか・・・・」

「どういうところですか?」

「俺を弄ぶところ・・・」

「人聞きの悪い・・・・」

(なに余裕こいてんねん!)

こうして完全では、ないながらも、いつもの生活に戻っていくのだろうと 龍之介は思った。

自分達は何も変わってはいない。

そう確信する・・・・

 

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