微妙な日常 1

 

一週間ぶりに鬼頭に来た龍之介は、聡子を連れ出して、カフェでお茶していた・・・

「どうや?体は?」

「定期健診でも異常は無いし、良好です」

少しぽっちゃりして母親の顔になってきた聡子に、頼もしさを感じる

「すまんな。ほったらかして・・・胎教のこともあるのに・・・」

「龍之介さんのしけた顔見てるほうが胎教に悪いわ。今は、落ち着いて、いい顔になったわね」

伊吹の世話をしているからか・・・少しづつ、父親の包容力が見えてくる・・・

「そうかなあ・・・」

大事な人に何をしてやれるのか・・・最近はその事しか頭に無い。悩む暇も、落ち込む暇も無い。

愛されようと躍起になっていた昔に比べれば、充実している。

「どっちや?」

「男の子だって。よかったわね・・・跡継ぎよ。」

聡子も鬼頭の姐としての責任を果たせたと、ほっとしている

「名前は・・・なるべく男らしいものはやめよう。名前負けする」

くすくす・・・・聡子は笑う・・・

鬼頭龍之介・・・この いかめしい名前が、どれだけ龍之介にとってプレッシャーだったか・・・

藤島正美・・・女性と間違えられるような名を持つ伊吹が、コワモテなのも笑える・・・・

「純 とか・・・樹(いつき)とか ・・・優希とか・・・色々考えたんやけど・・」

伊吹にかかりっきりの日々の中で、何時、そんな事を考えているのか聡子は不思議でたまらない

「龍之介さんも親なんですね」

「妊娠だけさせて、後は知らん振りする無責任な奴と違うぞ・・・俺は・・・」

ただ・・・・

伊吹のことが重なり、充分に聡子の傍に、いてやれなかったのは悔やまれるが・・・

「鬼頭優希・・いいかも・・・」

聡子の脳裏には、幼い頃の、女の子のような可愛い龍之介の面影を宿した、鬼頭優希が浮かぶ・・・

「龍之介さんに似て可愛いでしょうね・・・」

「俺に似たらへタレになるぞ・・・」

へタレは代々鬼頭の血筋・・・・

「大丈夫。義父さんも龍之介さんも立派な組長になってるのだから・・・」

それは、養育者の裁量・・・・

哲三には島津が、龍之介には伊吹がいた。

「伊吹に教育させるか・・・」

そうつぶやいて気付く・・・

今の伊吹は、やくざのやの字も見当たらない堅気・・・

「記憶・・まだ戻らないの?」

龍之介は頷く・・・

「ああ。何か、今のあいつの方が、自然体みたいに思えて・・・どうしたらええか・・・」

聡子は微笑む

「今の伊吹さんも好きなんでしょ?龍之介さんは」

「コワモテでも、天然でも、藤島伊吹には変わりないからな・・・ただ、しょっちゅう気ぃ失うのなんとかならんかな・・・」

そうやって脳が刺激を受けつつ、思い出そうとしているのだろうが・・

そのたびに龍之介は寿命が縮まる思いがする・・・

「伊吹さんも辛そうね・・・」

「あいつが一番辛いやろ。記憶、取り戻したいやろうなあ・・・」

「ねえ、妹の件・・」

「ああ。確実やな。写真と手紙 持ってた。あいつ・・・忘れたとか言いながら忘れてなかったんや。」

おそらく同じ年頃の娘を見るたびに、紀子を思い出していたに違いない・・・

「今まで、俺はあいつの事に無関心やったかもしれへん。愛される事に一生懸命で・・・それに、

あいつは自分の気持ちを晒す事をせえへんかった・・・それに引き換え、今の伊吹は丸出しや。

それにびっくりしたり、戸惑ったりするけど、今ままでより、もっと俺はあいつの近くにいる事を実感する。」

語られる言葉・・・語られない言葉・・・飲み込んだ想い達・・・

本心・・・たてまえ・・・相手を気遣う為に出た優しい嘘・・・・

様々な心の迷路で、人はその人の真実を探す。

「こうなって、判った事、得たものは大きかったのね・・・・」

しみじみと聡子は頷きつつ言う

「たった何ヶ月の間に何年もの体験をした気分や・・・」

ひと時の別れ・・・再会・・・一つ一つを必死で乗り越えてきた様子が伺える・・・・

「さ、帰りましょう。伊吹さん一人鬼頭に置いて来て、心配だわ・・・・」

聡子は笑って立ち上がる

しかし、気遣って、2人の時間を持ってくれる龍之介に感謝していた。

 

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