血縁 1
次の朝、定期健診の為、伊吹を南原に託して例の大学病院に送り、龍之介は鬼頭に戻る。
全くの放置も気が引けるので、様子を見に立ち寄ったのだ。
「どうや?伊吹は?」
哲三の部屋に挨拶に入ると、入るなりそう訊かれた。
「思い出しそうで、思い出せない・・本人も苦しそうですね。」
「2人の仲は・・・バラしたんか?」
島津が興味本位で訊いてくる
「しつこく訊かれて仕方なく・・・」
「抵抗無く受け入れたんか?藤島は・・・」
「事実は受け入れたんやけど・・・」
「なんや・・閨のことで苦労しとんかい?」
ぶっー
哲三と龍之介は同時に茶を吹いた
言いにくいこと、訊きにくい事をあっさり口にするこの大物元やくざは、未だに鬼頭の裏ボスらしい。
「その事は・・・ほっといてくれへんかなあ、信さん・・」
「手ぇかかるやろ?なんか・・・天然100%になってるし・・・あいつ。」
まさに・・・
「10しか年違わんのに、お前を育ててきた伊吹の苦労思うたら、なんでもないぞ。恩返しと思うて尽くしてやれ」
哲三の言葉はもっともだった。
龍之介自身、この数日で、さまざまなことに気付かされた・・・・
「それで・・相談があるんやけど。親父、伊吹の両親は離婚してたよなあ?」
「ああ。借金に困った時は、共倒れせえへんために別れる事ようある。それやろ?」
いきなりそんな昔のことを何故、龍之介が訊いてくるのか判らないまま、哲三は答える
「妹がおったな?」
「借用書に添付してた家族構成は4人。子供は長男、長女2人やったと思うが・・」
「ボロ病院の看護婦が 伊吹の妹かもしれんのや・・・」
はあ?
哲三も島津も固まった
そんな荒唐無稽な話を信じられるだろうか・・・・
「嘘や無いぞ。話、聞くけば聞くほど、可能性大なんや」
と言われても、哲三にも島津にも 伊吹の妹についてのデーターがない・・・
「両親が離婚して兄と生き別れで、母に引き取られた彼女は鈴木姓。父の姓は藤島。出血多量の伊吹に、
自分の血を輸血したのが彼女・・・」
「それだけでは、なんともなあ・・・」
哲三はため息をつく
「会って詳しい事は聞くつもりやけど、問題はもし、彼女が伊吹の妹やったら・・・・」
「今の藤島に教えたところで、記憶がないんやからしゃあないで・・・その看護婦も、鬼頭の組長側近が兄貴で、
嬉しいかどうかなあ・・・」
「信さん、でも、その看護婦、伊吹に惚れとるらしい・・・」
血が引き合う事はあるのかも知れない。と島津は頷く。
「そやから若ぼんは 早めに事実をはっきりさせて、藤島への思いを整理させようと?」
「どっち道、伊吹はあかんやろ?鬼頭龍之介の情夫(いろ)に手ぇ出したらあかんし・・・」
哲三はつぶやく・・・・
「彼女も、兄貴探してる・・・母親なくしてて、身内がおらん中で生きてきて・・・ただ・・昔、伊吹が
もし妹に出会っても、名乗りはあげへんと言うてたんや。兄貴が極道やったら迷惑かけるから、
遠くで見守りたいと。その事考えたら、彼女に話してええかどうか・・・」
「普通なら知らん振りしてもええけど、惚れてるとなると問題やで。それに探しとるんやろ?兄貴を・・」
島津の言葉に、哲三は腕組みで頷く
「うん。まあ、看護婦が言い寄ってきても、伊吹が相手にするとは思わんから、近親相姦みたいな事は起こらんが、
こちらが知ってて黙ってるというのは どうかとも思うぞ・・・確かめてみぃ。それからやろ。」
龍之介は頷いて立ち上がる
「若ぼんもなんか・・・苦労してるなあ・・・」
島津の言葉に振り返らず、右手を上げて答えると部屋を出る龍之介・・・
「妹か・・・」
哲三は考え込む
ただ一人の肉親なら会いたいだろう・・・
「また、おかしな縁やな・・・」
島津は腕を組む
伊吹の記憶が戻ら無ければ、彼は妹を認識できないだろう・・・
「伊吹・・会いたいやろな・・・妹に・・・」
口には出さないが、天涯孤独な身の上がどれだけ辛かったか、哲三にはわかる
龍之介一人を見つめつつ、ここまで踏ん張ってきた伊吹が不憫でもあった。
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