記憶の破片 2

 

朝、目覚めると隣に伊吹がいる・・・

それが、信じられないほど嬉しい。夢ではないかと何度も疑ってみる・・・

伊吹を失うかもしれない不安に泣いた少年の頃・・・

そして一時的に失い、再び得たそれは、あまりにも尊い。

 失ったらどうしよう・・・ではなく、二度と失わないと誓う。

 

自分を、穴の開くほど見つめている龍之介の気配に、伊吹は目覚める。

「・・・どうしたんですか・・」

「夢とちゃうかなと思うて・・」

主人不在のこの寝室で眠り、何度も何度も、伊吹が自分の隣に眠っている夢を見た。

しかし・・・・朝、目覚めると、いつも独りだった。

 

「鬼頭さんて、時々、幼い少年のように見える時があるんですが・・・それは私がオカンだからですか?」

「いいや・・違うよ・・」

(お前は俺のオカンと違う・・・恋人やろ・・)

龍之介はふと、自分が、人魚姫になった気分がした。

嵐の夜、王子様を助けたのが自分だと言えない人魚姫・・・・

人魚姫は声を奪われていて、伝えられない。自分は言葉があるのにも関わらず、伝えられない

状況は違うが、このもどかしさは同じではないだろうか・・・

自分を覚えていない王子様に、なんと伝えたらいいのか判らない人魚姫・・・・・

 

言葉が何の助けになろう・・・

千の言葉さえ、たった一つの本心を言い表すほどの力を持たないというのに・・・

 

涙を隠して、龍之介は伊吹の胸に顔を埋める

「ありがとう。帰ってきてくれて」

 

何故かしっくり来るこの感覚に、伊吹は一息つく

ジグソ−パズルの、最後の破片をはめ込んで完成させたような・・・

ー半身ー

神はアダムのあばら骨を取り、イブを創造した・・・・・

誰もが自分の片割れを探している・・・

 

しかし・・・・目の前の龍之介は・・・

(どうして、男なんだろう・・)

自分にとって、龍之介は男ではない。人、しかも大切な人 ・・・

だが・・・医学的に言えば、男である。彼はイブになりえない。

でも、彼を自分の半身と感じる。

 

「何考えてる?」

伊吹に1人で試行錯誤をされると、龍之介の感激も萎えてしまう・・・

「神様が・・アダムのあばら骨で、アダムを創造したなんて事は・・・アリなんでしょうか・・・」

「はぁあ?」

素っ頓狂な声を上げて、龍之介は顔を上げる。

「熱でもあるんか?頭の打ち所でも・・・・」

と額に手を当ててみる・・・・・

「私の最愛の人は あなたなのでしょうか・・それとも他の人を待つべきでしょうか?」

ますますおかしい・・・と龍之介は思った。

「なにをペテロみたいな事言うてんねん・・・・」

あ????

「ヨハネやったか?」

母の持っていた新約聖書を少しだけかじった龍之介は、うろ覚えだった・・・・

「おかしいなあ・・・・・」

とつぶやく伊吹に

(お前の方がよっぽどおかしいで!)

と、突っ込みをいれたくなってきた龍之介・・・

 

「どうして私、鬼頭さんが好きなんでしょうか?」

(だあぁ〜〜〜〜)

凍りつく龍之介・・・・・

 

どうして・・・どうしてって・・・・

そんな事知るか〜〜〜

 

どうやら、伊吹は核心の根本問題に到達したらしい。

 

自分は何故、伊吹が好きなのか・・・龍之介は考えてみる。

理屈ではない。2人で過ごした、気の遠くなるような、長い時間の積み重ね・・・・

 

あ・・・・

 

伊吹には、その時間達の記憶がない・・・・・

だからか・・・・

 

「もし、俺が女やったら、好きなの納得できるんか?男やからあかんのか?昨夜は男も女も関係ないて言うたくせに・・」

 拗ねる龍之介の言葉に混じって、誰かの声が聞こえる・・・・

 

ー人が人を愛するのに、男も女もないでしょう?−

ー男だからとか、女だからとかじゃなくて、伊吹さんは鬼頭龍之介という人が好きなんでしょう?−

 

誰かの声がする・・・・・・

眩暈に襲われ、伊吹はしばらく目を閉じて、それに耐える。

 

過去に伊吹が葛藤し、乗り越えた問題に、彼は再び立ち返った。

 

「伊吹?」

自分を呼ぶ懐しい声がした。

遠ざかる意識を、繋ぎとめようとするこの声は、いつも脳裏に響くあの美しいテノール

「伊吹・・・」

瞳を開けば、幻で見た面影がそこにある・・・

 

「・・・・さん・・」

自分でも、なんと呼んだのか判らない。が 確かに伊吹は龍之介を呼んだのだ・・・

 

「やはり、あなただった・・・」

 

そう言つつ伊吹は再び意識を失った。

 

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