記憶の破片 3

 

遅い朝食を終えて、食後のお茶会の龍之介と伊吹・・・

「すまんな。俺が朝メシ作ると、トーストと玉子焼きになるんや」

「いいえ。鬼頭さんて、見かけによらず家庭的ですね」

「昔、お前に教わったんや。」

組のことほったからしての”まったり”は何年ぶりか・・・

こんな時間は、もう無いと思っていたが 思わぬ拾い物をした気分だ。

「具合はどうや?しょっちゅうこんな事あるとなると・・・出歩くのもままならんな。」

顔色は悪くないが、まだ少し、だるそうな伊吹を見て、龍之介は気が気でない。

「拓海先生の処にいた時はたまに、1,2回しか起こらなかったんですよ。鬼頭さんと会ってからは激しいですねえ・・・」

人事のように笑う伊吹に、龍之介は呆れつつ苦笑する。

どうするべきか迷う。真実を告げなければ、伊吹は悩み続けるだろう・・・

いや、告げても、悩むかもれない。

「ところで・・”鬼頭さん”は辞めよう。ウチは鬼頭さん3人もおるから・・・親父に、聡子に俺・・・」

ああ・・・

頷きつつ、頬杖をついて考える伊吹・・・

「じゃあ・・・組長・・」

この部屋で伊吹に ”組長” と呼ばれる事が嫌だった龍之介は顔をしかめる。

「もっと、フレンドリーな呼び方ないかなあ・・・”龍ちゃんとか?”」

「似合いませんよ・・・それ。」

はっきり言われてしまい、龍之介は落ち込む・・・

記憶喪失の伊吹は 天真爛漫のせいか、何処かキツイ。歯に衣着せない物言いである。

もとの伊吹なら、婉曲的に回りくどいだろう・・・・

確かに・・

もう ”龍ちゃん” でも ”龍君” でもなくなってしまった自分・・・・

そんな風に呼ぶ人はもういない。彼は鬼頭の8代目なのだ。

一人称を ”僕” から ”俺” に替えた時、少年との完全な決別をしていた。

それは”甘え”との決別でもあった・・・・

”甘え”を伊吹から拒絶された気がして、龍之介は言葉をなくす・・・

「龍之介さんにしましょう」

(元のように”龍さん”と呼んではくれへんのか・・・・)

瞳に溢れてくる涙を、こぼすまいと、こらえつつ、龍之介は天井を仰ぐ

「龍之介さん・・・」

心配して、呼ぶ伊吹の声に、振り返り微笑む

「何でもないよ」

「龍之介さん。」

そっと握られる伊吹の手に慰められる

呼び名が、これほどの意味を成すとは今まで思ってもみなかった。

”ぼん” この最初の彼の呼び名は、19の誕生日に”龍さん”に替わる。

それは主従関係の証。藤島伊吹が鬼頭龍之介の情夫(いろ)になった証・・

”組長” これは一般的に呼ばれる呼称。鬼頭では伊吹はそう呼ぶ。

哲三は ”龍之介” と呼び、聡子は ”龍之介さん” と呼ぶ・・・・

”龍さん” は伊吹だけが使用可能の呼称なのだ。

そんな、些細な一つ一つに気付く日々は、伊吹への恋慕を募らせた。

 

「教えてください。私達は・・・どういう関係なんですか?」

 

・・・・・・

 

言葉に困る自分に失望する。

(何故だろう・・・)

 

恥じる事は何一つ無い。恥じてもいない。なのに、何を恐れる?

伊吹が、この事をどう思う?それが不安なのだ。

以前の伊吹ではない、今の伊吹はこの事をどう思うか・・・・

 

「その事実が、気にいらん場合は・・・お前、どうする?」

龍之介が一番恐れる事・・・

その事で、永遠に伊吹を失ってしまうかもしれない事・・・

 

しばしの沈黙の後、伊吹は笑った。

「大丈夫です、多分。私は、後悔するような人生は送ってない自身があります」

(その割には、知る前から悩んどるやないか・・・・)

伊吹の言葉を100%信用していいのかどうか、龍之介は迷う。

 

「私達、ただの仲じゃないでしょう?何か隠してますよね?」

言いよどむ龍之介に、伊吹は詰め寄る。

「・・・・どういう意味や?」

「私が、貴方に抱く感情の意味を知りたいんです」

「知ってどうする?」

「真実を知る権利は、私にあるでしょう?」

ため息をつく龍之介。

「たとえばな、見ず知らずの小学生がやってきて”貴方の息子です”て言うたら・・・お前、そいつを養うか? 

知るのと、実感するのとは別問題や。知っても、事実に違和感があったら、そのほうが苦しいぞ。」

記憶を失くした者が、記憶を取り戻したいと願うのは当然だ・・・・

しかし・・・知った事実を受け入れられなかったら?

 

「曖昧なのは耐えられないので、単刀直入に質問します。私が、あなたに抱く異性愛に似た感情は

正しいものなのですか? それとも間違っていますか?」

何故・・・こんなにストレートなのだろうか・・・

龍之介は戸惑う。

昔の、特攻隊のような自分を見るようだった。

直撃されたあの頃の伊吹は、どんな気分だったろうか?

 

(俺、何時から、こんなヘタレになったんかなあ・・・)

昔とは似ても似つかない、ウジウジした自分・・・

大人になるとは、曖昧になることなのか?

 

「つまり、私が勝手に、あなたに邪な想いを抱いているだけなら、ここを去らないといけないと思うんです」

(お前の悩みはそれやったんか・・・・)

龍之介は顔を上げて伊吹を見つめる。

忘れられてなかった・・・そう確信した。

自分達がしてきた、過去の遠回りは お互いを気遣っての事。

そして、今のこのもどかしさも・・・・

 

(心決めるか・・・)

 

「伊吹。お前は、俺の・・・」

切なる想いをこめて、龍之介は真実を語り始める・・・・

 

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