記憶の破片 1

 

風呂上りにドライヤーしている龍之介に、伊吹は詰め寄る。

「ほんとに、危ないからお家に帰ったほうがいいですよ・・・」

ため息と共に龍之介は伊吹に向き直り、彼の濡れ髪にドライヤーを当てる

「ついでに、お前も乾かしたる・・・」

「鬼頭さん!!!」

「俺はこれでも、やくざの組長や、自分の身ぐらいは守れる」

手際よく髪を乾かし、くしで梳かして整える・・・・

「俺は、あの医者に負けん位バカ力やぞ。」

ドライヤーを引き出しにしまい、寝室に向かおうとする龍之介を、伊吹は引き止める。

「でも・・・じゃあ、さっきどうして、抵抗しなかったんですか?」

「相手がお前の場合、抵抗する必要ないから。」

思考が停止した伊吹を抱えて、龍之介は寝室に入る。

 

「藤島伊吹をお姫様抱っこする日が来るとは思わんかったな・・・」

確かに・・・拓海に負けず劣らずバカ力だと、伊吹は思う。

ベッドに伊吹を下ろすと、龍之介も隣に座る。

「親父が、俺を一人でここに送ったのはな、お前を信用してるからや。組員や言うても、

何時裏切るか判らん任侠界で、安心して、俺を預けられるのは藤島伊吹しかおらんと思うてるからや。」

頭痛を伴う眩暈に襲われ、伊吹は頭に手を当てる

 

 ー 一つ訊いてええか?お前、組と龍之介のどっちか選べ言われたら、どっち選ぶ?ー

 

ーぼんです。組長は組を守ってください。私は ぼんを守りますさかいー

 

ー判った。行け。わしの息子、お前に託した。ー

 

哲三との会話が脳裏に蘇る・・・・・

 

「伊吹?」

異変に気付き、龍之介は伊吹を振り返る

「いえ・・大丈夫です」

何かを思い出そうとしていた・・・・

「もう休め。」

立ち上がって、スタンドの灯りをつけると、龍之介は部屋の明かりを消した。

「!鬼頭さん、だから危険だと言ってるじゃないですか?」

「判った。そんなに嫌やったら、別の部屋で寝るさかい、お前は はよ寝ろ」

龍之介は 伊吹の肩を押して、無理やり寝かせる。

横たわる伊吹に、覆いかぶさった姿勢で龍之介はつぶやく

「お前になら・・・殺されても構わんと思てる・・・」

「どうしてですか・・・」

「19の時、俺はお前に総てを預けた。身も魂も・・・そやから、キスした位でガタガタいうな」

ため息と共に龍之介は身を起こし、立ち上がった。

(!)

その腕を伊吹が掴む・・・・

「傍にいてください。離れたくありません」

(伊吹・・・)

「もう、離れたくないんです。一分一秒も・・・」

涙が溢れる・・・伊吹が記憶を亡くす前、龍之介がその事をどれだけ望んだか判らない。

それが・・伊吹の口から、そんな言葉を聞く事になろうとは・・・

 

 

「そうやな、俺らはもう、離れたらあかんな・・・」

かがんで龍之介は伊吹を抱きしめる。

「何があっても、離さんから」

 

昔・・・総てを失った時、自分を抱きしめてくれた小さな腕があった・・・・

 あの時と同じ、温かい感情が伊吹を満たす。

 

 

 

「きっと、私は貴方が好きだったんですね・・・」

伊吹の左腕に頭を乗せて、隣に横になった龍之介は その言葉に微笑む

相変わらず、腕枕の時は左腕・・・やくざだった時の習性は変わらない

「ああ・・相思相愛やったなあ・・」

「また・・・そういう冗談を・・」

笑う伊吹に、むかつく龍之介・・・

(笑い事やないぞ・・・)

「もし、お前が、男と恋愛してたとしたら・・・ショック受けるか?」

「ありえないでしょう〜それ・・・」

え・・・・・・

「さっき、俺のこと襲うかもしれへんて言うてたあれは、なんなんや・・・」

そう突っ込まれて、思いっきり考え込む伊吹に、龍之介はあきれる

「鬼頭さんは、私にとって、男とかそんなんじゃないんです」

(どういうことや・・・・)

眉間に皺が寄る龍之介。

「男も女も関係ないんです。”一番大事な人”それだけなんです。多分・・・」

記憶を亡くしておきながら、そこにまで到達したとはさすが・・・と考えていた龍之介は、はたと気付く。

「それやのに、襲うかもしれへんとは・・・矛盾してないか?」

「そうですねえ・・・おかしいなあ・・」

はははは・・・・

笑う伊吹に、ため息の龍之介・・・・

昔の伊吹は、もしかして、そんな矛盾に悩んでいたのかも知れない。

その矛盾ゆえに、彼は龍之介を容易く受け入れられなかったのかも・・・・

 

男も女も関係ない、ただ藤島伊吹が好きなんだ・・・

 

その答えにたどり着いた時、龍之介は伊吹に恋人の資格を与えられたのだろう・・・

彼は、惰性や馴れ合いを一番嫌っていた・・・・

 

「とにかく、休もう。」

自分の知らない伊吹を見て、龍之介の胸に切ない想いがあふれてきた。

語られなかった想い・・・・

いつも静かに微笑む、その表情の奥の想い・・・

それを知りたくて、知ることが出来ずに 不安になったり拗ねたりした日々・・・

 

ー自信ないんですか? 不安なんですか?ー

その度に伊吹はそう訊いた・・・・・

 

あの頃はただ愛されたい それだけだった・・・

自分が伊吹を想う以上に伊吹に想われたい・・・ それだけだった・・・

幼かった・・・

 

今は・・

 

伊吹に何をしてやれるのだろう・・・・・

 

 考えながら徐々に龍之介は眠りに落ちていった・・・

 

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