帰還 4

 

伊吹が落ち着いたので、龍之介と南原は花園医院を後にした。

帰り際に拓海から、伊吹のカルテのコピーを渡された。

定期的な精密検査は必須であった。

 

「伊吹、親父が会いたがってるから、お前の家に行く前に会うてやってくれ。」

車の後部座席で、龍之介は隣に座っている伊吹にそう告げ、南原を見た。

「南原、いつものトコで親父と信さんが待ってるから、行ってくれ。」

「はい」

 

「何か訊きたい事あるか?」

そう言われても・・・・伊吹は答えに困る・・・・

「お前の名前は 藤島伊吹。33歳で鬼頭組の幹部。15の時 うちの親父が引き取って、

うちに来てからは家族同然の身の上や。」

やくざの幹部・・・と言われてもまだ伊吹はピンと来ないでいた。

「あの・・・私は・・どんなやくざだったんですか?」

「ポーカーフェイスでクール。静かな威圧感があったな・・”鬼頭のカリスマ”と呼ばれとった。

親父は、お前の目の中の”獣”に惚れこんで連れてきたと言うとった。」

はあ・・・・・・

やはり、ピンと来ない伊吹・・・・

「私は・・・・そんなに強いんですか?」

確かに・・・今の伊吹からは想像もつかない。

「ああ、強い。それでも、中身はオカンやった」

はあ・・・・・

ますます判らない・・・・・

「いっぺんに色々聞くと混乱するやろ?」

「鬼頭さんとは・・・どんな関係なんですか?私は?」

不意に深刻になる龍之介、言葉が出ない。

「7歳の時、お袋が死んで、それからお前が俺を育ててきた・・・おまえは、お袋の代わりかな・・」

「だから、オカンなんですか?」

「ああ」

龍之介の心の迷いが、南原には手に取るように判る。

恋人の名乗りを上げる事はためらわれる・・・

相手は自分の事を覚えてはいないのだから・・・・・

どうしても、拒否される事を恐れてしまう・・・

 

「で・・・前から気になってたんやけど・・・記憶失くしたからってなんでお前、標準語しゃべるんや?」

龍之介の言葉に南原も頷く・・・気付いてはいたが、次から次から気を使うことが出来て忘れていた・・・

「私・・・訛ってたんですか?」

「ああ・・」

訛っている自分・・・想像がつかない伊吹・・・

しかし、想像がつかないのは龍之介も同じだ

デニム生地のシャツに綿素材のスラックス・・・

ジャンパー姿の藤島伊吹など、高校生卒業以降、目にする事など無かった。

見慣れない いでたちなのだ。

思えば、スーツを24時間、一年中 着ていた藤島伊吹・・・・家の中でも脱ぐ事は無かった・・・

それが・・・・

 

しかも、すこぶる愛想がいい・・・

カリスマどころではない。その辺の兄ちゃんに成り果てていた。

それでも、その兄ちゃんな伊吹は、それを楽しんでいるようでもあった。

心が開放されている。そう感じる・・・

 

「着きました」

いつもの・・・鬼頭組ご用達の郊外のレストラン・・・

「親父に顔、見せてやってくれ」

そうい言うと龍之介は、先に車を降りる。

「はい」

素直に頷き、伊吹も続いて車を降り、龍之介と並んで歩き出す。

 

 

貸切の店内に哲三と島津がテーブルに座っていた。

「鬼頭様、いらっしゃいませ。料理の準備は出来ております」

マスターが挨拶に出て来た。

「では、運んでください」

そう答えて龍之介は、伊吹を伴って席に着く。

「伊吹、こっちが鬼頭哲三。先代組長で俺の親父。こっちは、陶芸家の島津信康先生。

昔ウチにおった古株で、親父も頭が上がらん大ボスや」

「初めまして・・・」

立ち上がって、頭を下げる伊吹に驚く哲三と島津。

「初対面ちゃうぞ・・・ワシらは・・・」

大笑いしつつ、島津は茶化すが、心では泣いていた・・・

「あ、すみません・・・」

慌てて座る伊吹の手を取って、哲三は涙ぐむ。

「伊吹・・・無事でいてくれてありがとう。お帰り」

 

懐かしい・・・そんな想いが伊吹の胸に溢れてくる・・・

 

「でも藤島、見違えるほど明るいな。昔の若ぼん見てるみたいや」

島津の言葉に伊吹は首をかしげる

「暗かったんですか?私。」

はははは・・・・

島津は大笑いする

「暗いこと無いけど・・・・う〜ん・・・そう、コワモテやったな・・」

「はあ・・・」

「ワシ、こういう藤島も好きやなあ。なんか可愛いなあ〜」

島津にいきなり告白されて戸惑う伊吹・・・・

総てを抵抗なく受け入れる島津の許容量の大きさに、龍之介は驚かされる。

「いきなり鬼頭に行くと、組のモンがわんさかおって落ち着かんさかい、一旦お前のマンションに入れ。

ゆっくりして、これからの事決めよう。」

 哲三がその場を収拾する。

そこへ料理が運ばれてきて、一同は食事を摂った。

 

家族・・・

この人達のことを自分は、そう思って生きてきた・・・

 

かすかな記憶が、伊吹の脳裏を掠める

 

(戻ってきた・・・)

そんな安堵感に浸る。

 

不安はない。 

居心地のいい、この空間で伊吹は一息ついていた・・・

 

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