帰還 3

 

昼過ぎ、花園医院の診察が一段落した頃。

南原と龍之介は、伊吹を迎えに病院の門を叩いた。

 

「藤島さん、お迎えですよ・・・」

拓海に呼ばれて、台所から出てきた伊吹は、客室のソファーに座るスーツ姿の若い男を見た。

 

拓海と笑って話してはいるが、目は笑っていない。

透き通るような白い肌は、氷のように冷たく儚げで

その大きな瞳は、近寄れば斬りつけられそうな鋭さを持っていた。

 

ー氷の刃・・・・−

ふと、そんな言葉が浮かぶ。

「伊吹・・・」

彼がそう呼び、振り返る・・・・・ 静かな大きい瞳・・・・ 眩暈がした・・・・

「伊吹!」

倒れる伊吹を、傍にいた拓海が支えた。

「先生・・・伊吹は・・」

立ち上がって駆け寄る龍之介に、拓海は微笑む。

「よくあることです。思い出そうとする時には眩暈、頭痛・・・しばらく寝かしときましょう」

ひょいと伊吹を抱えて 寝台に寝かせに行く拓海を見て、龍之介は驚いた。

自分より背の低い華奢な拓海が、自分より背の高い伊吹を担ぎ上げたのだ・・・

「組長、あの医者 見かけによらずバカ力ですよ。あの土手から一人で、兄さん担いでここまで来たんですから・・」

南原がそっと龍之介に耳打ちした・・・・

(バカ力?俺とおんなじか・・・・)

しかし、感動の再会どころではなくなった・・・

 

 

 「しばらく寝かせとけば、大丈夫です」

客室に戻り、ソファーに腰掛けつつ、明るい笑顔で言う拓海だが、龍之介は深刻だった。

「本当に、脳に異常は無いんですね?」

「はい。大学病院の最新式の機械で検査しましたから。僕の恩師は、脳外科では名の知れた名医ですし。」

「こんな事・・・度々あったんですか?」

拓海の笑顔にびくともしない龍之介は、静かに訊く

「キーワードがあるんです、腕枕。結婚指輪。 これに反応しました。そして・・・鬼頭さん・・」

(伊吹・・・・)

 

ー忘れていないわ・・・・思い出せないだけ・・・・ー

 

聡子の言葉が蘇る

 

「南原さんや聡子さんの時は、こんなに激しい反応は無かったんですよ。龍之介さんは、よっぽど大切な人なんですね」

「私は・・・7歳の時から、あいつに育てられてきました。お袋亡くしても、辛い思いせんとここまで来れたんは 

あいつのお蔭です。」

腕枕・・・幼い龍之介に、腕枕をしていた記憶なのだろう・・・・

拓海は頷いた。

「藤島さんの最愛の人は鬼頭さん、貴方なんですね?」

龍之介は拓海を見つめる。

静かに・・・しかし、強い意志に満ち溢れた、美しい面差しで・・・・

「伊吹は、私の・・・鬼頭龍之介の情夫(いろ)です」

謎は総て解けた・・・・拓海は微笑む

「藤島さんは、鬼頭さんを忘れてませんよ。細胞レベルで覚えています。彼の無意識の行動は、

総て貴方へ向けられたものでしたよ・・・」

涙が出そうになって龍之介は俯く。

「記憶、戻りますよ。貴方が傍にいれば。」

 

「そう言えば・・・あの看護婦さん、おらへんですねえ・・・」

南原が思い出したように言う

「お使いに出しました。ここにいると辛いだろうから・・・」

「看護婦さん、兄さんの事、好きみたいやったけど・・・」

伊吹はダメだ・・・・

何故か、拓海はそんな予感がする。

「看護婦?」

龍之介は何のことか判らず、聞き返す

「ああ、ウチの看護婦さん、生き別れのお兄さん探してて、お兄さんっぽい人見ると好きになる傾向がありまして・・・

伊吹さんにお兄さんを見てるみたいなんですよ」

「いくつなんですか?」

「えーと、28かな・・・」

「何で、生き別れたんですか?」

「ご両親が離婚して。お兄さんはお父さんのところに、彼女はお母さんに引き取られたそうです」

南原はその時、龍之介が何故、紀子に関心を持つのかわからなかった。

が、龍之介の関心の持ちようは尋常ではなかった。

「なんか、お父さんの苗字が・・・だから、両親が離婚する前の苗字が 藤島だったんですって。

だから運命を感じてるみたいで・・・」

それを聞いて、龍之介の表情が変わった。

「日を改めて、その看護婦さんに会わせてください」

それを聞いて南原は慌てた。

「組長!看護婦が兄さんに惚れてるだけで・・兄さんは看護婦の事は、なんとも思うてないですよ!

浮気ちゃいますから・・堅気に凄んだらあきませんよ!」

南原の脳裏に、いつかのあの場面が浮かぶ・・・・

龍之介はあきれて南原を見詰める・・・

「あほか・・・誤解するな」

「でも。ほんとに何もないですから。藤島さん”私には愛する人がいますから”って指輪見せて、

きっぱり言ってたし、紀ちゃんは男に襲い掛かるような事は死んでも出来ない子ですから」

一応、紀子の潔白を証明する拓海。

「紀ちゃん?看護婦さんの名前は・・・」

「鈴木紀子。です」

 

頷いて龍之介は、スーツの内ポケットから小切手を出してきた。

「父、哲三からもお礼をきちんと差し上げるよう、いいつかって参りました。お納めください」

テーブルの上に出された、小切手の金額が書かれていないのを見て、拓海は押し返した

「無記名の小切手なんか、受け取れませんよ」

「受け取ってください」

「じゃあ・・・千円と書きましょ・・・」

ペンをとり書き出す拓海の腕を、龍之介は掴む。

「藤島伊吹の命の代価が、千円では安すぎませんか!」

鋭い瞳を向けられて、拓海は少しびびった。

チンピラ相手に治療もしてきた。チョットやそっとじゃ、びびらない自信があったが・・・・

そんな彼が、龍之介の気迫には圧された。

やはり、この人は鬼頭組の8代目組長なのだと思った・・・・・

拓海は小切手を破いた

「じゃあなおさら、受け取れません。命に値は付けられませんから」

はははははははは・・・

龍之介は破顔した

「先生、気に入りました。この病院、丸ごと改装させてもらいます」

やくざの組長に気に入られてしまった拓海・・・・

「ついでに・・・最新式の医療器具も導入してください」

調子に乗る拓海にあきれる南原

(なんやかんや言いながら商売人やなあ・・・この医者・・・)

「それと・・・藤島さんに輸血した、うちの看護婦にレバーでも食わしてやってください」

欲がないのか、ずうずうしいのか、よくわからない外科医、花園拓海・・・・・

「輸血・・・伊吹と血液型同じなんですか」

聞き返す龍之介の言葉に、そんなに驚く事でもないだろうと南原は思った。

伊吹はA型、日本人に一番多いとされている血液型だ。

「やくざさんは まさか輸血拒否しませんよね?」

拓海の言葉に南原はあきれて答える

「先生、斬ったはったの任侠界で、そんなことしたら死にますがな・・・・・・」

 

笑う拓海と南原の隣で、龍之介は一人、考え込んでいた・・・・・

 

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