帰還 2

 

明日、鬼頭から迎えが来る事になっているので 花園医院では3人で最後の晩餐が行われた・・・

 

「ほんとに、ほんとに行くんですか?」

紀子はまだ乗り気ではない

「行っても、ちょくちょく来ますよ。」

すき焼きの鍋を囲んで、花園ファミリーの団欒のひと時。

「でも・・・ねえ、拓海先生?記憶が戻れば、記憶を失くしていた時の事、忘れちゃうって本当?」

「ああ、そう言いますねえ・・・」

拓海の言葉に、半泣きな紀子・・・・・

「そのときは・・・南原さんに連れて来てもらいます」

なだめるように言う伊吹の言葉にも、紀子の表情は暗い・・・・

「紀子さんこそ、やくざに戻った私の事、無視するんじゃないですか?」

(伊吹さんは・・・・変わらないよ・・・きっと・・)

紀子は俯く・・・そんな彼女を困り顔で見つめつつ、拓海は伊吹に訊く

「藤島さんは、大丈夫ですか?」

「はい」

 

伊吹は頷く。

思い出さなければいけない・・・愛する人の事だけは、どうしても。

 

「後悔するような生き方は、していない自信ありますから。」

そう言って笑う伊吹を見ると、もう紀子は何も言えなくなる・・・・

「本当に・・・また来てくれますか?」

「忙しい時は、いつでも呼んでください。」

はははははは・・・

拓海は大笑いする

「いっそ、ここに就職しませんか?」

 

それもいいけれど・・・・

と伊吹は思う

今は失った記憶を取り戻す事に専念したい・・・・

 

今の自分は、抜け殻のようだ。

半身を失くしたようでもある・・・・・もう一つの半身を魂が求めている・・・

 

忘れてはいけない誰かを見つけなければ・・・・

それは知識ではなく、心からそう思えなければ意味がない。

 

ー私が貴方の結婚相手よ・・・−

 

誰がが、そう言って来たとして・・・自分がその人を愛せなければ・・・・・

そんな事があるのかどうかも、判らないけど、それが恐ろしい。

 

自分の魂は、無事にもう一つの片割れを探し出せるのか・・・・

 

「怖いですか?真実を知るのが?」

黙り込んだ伊吹の顔を覗き込んで、拓海が訊ねる。

「真実を探せない方がもっと怖いです」

「鬼頭組の方は、いい人みたいですね。電話で話した鬼頭哲三さんは、藤島さんの事、

息子みたいに思っておられるみたいだし、聡子さんも、南原さんも、藤島さんの事、本当に好きみたいだし。

家族よりも、もっと家族らしい間柄なんだなと思いました。もし、記憶が戻らなくても、

ゼロから始めてもいいんじゃないかと思いますよ。」

 

ゼロから・・・・?

伊吹は拓海の顔を見上げる

 

「思い出すことにこだわらずに、鬼頭組の皆さんと、今を分かち合って生きていけばいいんじゃないかと・・・」

 

今が大事・・・・・・

 

そう言っていた誰かがいた・・・・

 

一瞬一秒を無駄にしたくないと・・・・・

 

そう言っていた・・・

 

そして・・・その通りに生きてきた。伊吹自信も・・・

 

涙が頬をつたう・・・・

 

会いたい・・・

 

脳裏に浮かぶ幻の人に・・・

 

誰だか判らない、その人に、無性に会いたい・・・・・

 

会えば・・・判るだろうか?その人だと・・・もう一度出会って、恋に落ちて・・・

そうしてゼロから始める事が出来るのだろうか・・・・・・

 

恐れるまい。

その人を、もう一度見つけるのだ・・・・

 

伊吹は自分の、その人への想い一つを信じて、前へ進む決意をした。

 

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