帰還 1

 

 次の日の夜、哲三から伊吹の事を聞かされた龍之介は静かに俯いた。

「親父、無事なんやな、伊吹は。」

涙を悟られまいと、顔を上げずに、龍之介は俯いたまま そうつぶやいた。

「被弾の傷は完治して、病院を元気に手伝っています。ただ・・・問題は、私たちの事を覚えていない事。」

聡子は、龍之介の手を取りつつ、そう告げた。

「生きてさえ いてくれたらええ。俺のこと忘れてても・・・」

その言葉に聡子は涙ぐむ・・・

「龍之介さんの事は忘れていないわ、思い出せないだけ。”私には、最愛の誰かがいるんです”って、

指輪見せてそういったのよ。伊吹さんは」

龍之介の手が、かすかに震えている事を聡子は感じていた。

「とにかく、伊吹は引き取る。やくざに復帰させる、させんは別問題で。鬼頭の家族として、

ワシの息子として、鬼頭に置くからな。明日、連れて来い。いきなりここに連れてくると、

人が多すぎて落ち着かんやろうから、一旦 伊吹のマンションに連れて行け。龍之介が面倒みろ。ええな。」

え?

龍之介は顔を上げた

「なんや不服か?今まで伊吹に世話になってて それくらいの事でけへんのか?お前の情夫(いろ)やろ?」

「親父、ええんか?」

「当分は、お前は伊吹だけにかかれ。組はワシと聡子が受け持つ。南原もおるし。」

「すまんな」

哲三は息子の肩に手を置いて笑う

「そういう時のためにワシがおるんや。でも、ここにも伊吹、連れて来いよ。信さんも会いたがってるし。」

今まで黙っていた南原が、不意に口を開いた

「組長、覚悟しといてくださいね。兄さん、内外共にオカン状態ですから。もう、あのカリスマの欠片もありませんから」

おいおい・・・

哲三がいさめる・・・ 

「組のモンには、そのうちゆっくり話そう。取り合えず明日は、伊吹の部屋に連れて行ってゆっくりせい。

あと、そのボロ病院に、治療費と謝礼を思いっきりしとけ。ケチらんと組の経費からガッポリ出せ」

「ボロ病院でなくて・・・花園医院ですわ、義父様・・」

聡子がフォローする。

 

皆が安堵していた。

案外、龍之介の衝撃が激しくなかった事、伊吹を迎える事を具体化した事・・・

 

鬼頭に伊吹が戻る・・・そう思っただけで、希望が見えた。

行く道は困難でも、一歩踏み出せた事が嬉しい。

 

 

龍之介の中に、こだわりも何もない。

一度亡くしかけたものが、この手に戻ってくる・・・・もうこれ以上、望む事は何一つない。

 

 

 

忘れたのではない・・・・思い出せないだけ・・・・

 

聡子の言葉が、龍之介の中で反復される

 

過去より、未来が大事だと感じる。思い出はこれから作ればいい。

 

過去を亡くしても、未来がある。それが救い。

 

それに・・・

 

過去は亡くしてはいない、龍之介は、伊吹と過ごした時を記憶している。語る事が出来る。

 

だから・・・

 

そのままの伊吹を受け入れよう   そう思う。

 

与えられてばかりでなく 

与えていける自分になろう・・・・・

 

伊吹を支えて行ける自分になりたい

 

今の龍之介は、ただそれだけを願った。

 

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