迷いと決意 3
ー鬼頭龍之介に会ってください・・・ー
そう、言い残して、聡子と南原は帰っていった・・
夕食の洗物の手を止めて、伊吹は考える。
(あの人たちの言う事は、まんざら嘘でもない。となると、鬼頭組に帰るのは道理だろう。それに、
記憶が戻るかもしれないし・・・)
「何考えてるんですか?」
紀子が後ろからやってきて、濯ぎを手伝う。
「いえ・・・」
「藤島さん、ここにいるよね?何処にも行かないよね?」
でも・・・
気になる・・・
鬼頭龍之介という名前・・・・
「ここにいて下さい。何処にも行かないで。」
「でも・・・」
「結婚を前提に、交際してください」
はあ????
いきなり、紀子に告白されて固まる伊吹・・・・・
「好きなんです。藤島さんが」
「といっても・・・まだ知り合って何ヶ月・・・」
「貴方は、私の運命の人なんです」
ー運命の人・・・・・・−
そんな存在が、自分にもいた気がする。
「誰かが、こんなに身近に感じられたのは、藤島さんが初めてなんです・・・・」
人懐っこくて、明るい紀子だが、昔、謀略に陥れられて病院を追われた傷は深く、
人を無防備に受け入れることに抵抗を感じていた。
そんな彼女が、唯一心を許せる存在が、伊吹だと言うのだ。
「どうして私なんですか?」
「判りません。貴方のあばら骨で、私は作られたと言われても、信じられるくらい、身近に感じるんです」
ふー
一呼吸置いて伊吹は注意深く答える。
「私には、多分、結婚している相手がいるんです。もし、何の考えもなく、貴方とお付き合いして、
その後、その相手が現れたら・・・貴方はとても傷付くんです。」
「思い出さなきゃあ・・・いいじゃない・・・」
「すみません。私は、思い出したいんです。」
明るい笑顔だった・・・・それがかえって、紀子に罪悪感を与えた。
「ごめんなさい。自分勝手で・・・・」
沈んで台所を出て行く紀子を見詰めつつ、伊吹は鬼頭に戻るかどうかは別として、鬼頭龍之介に会う決心をした。
(鬼頭龍之介・・・彼が記憶の鍵かもしれない・・)
「姐さん・・・兄さんは組長に会わはるでしょうか?」
帰りの車で南原は聡子に訊いた
「たぶん。伊吹さんの中に、完全に龍之介さんが消えたわけじゃないみたいだから・・・」
聡子は車の窓から流れる景色を見詰める・・・
「何処か・・奥深いところで、龍之介さんを認識している。そんな気がしたの・・・」
ー少し・・考えさせてくださいー
その時は、伊吹はそう答えた。
紀子が動揺していた事もあり、その場は、そう答えるしかなかったのだろう。
それより、龍之介になんと話せばいいのか・・・・
厳しい現実でも、受け止めなければならないだろう・・・
「伊吹さん・・・鬼頭で暮らしていけるかしら・・」
不安な聡子。
「介護士させとくんですか?」
本格的にその道を行くなら、資格を取るべきだろう・・・
「やくざに戻るにしても、正式に介護士になるにしても、伊吹さんは鬼頭の家族よ。義父様にとっては
息子同然なのよ、鬼頭がいづらければ、伊吹さんのマンションに帰ってもらって、私達が行き来するしか・・・
帰って 義父様にまず、お話しましょう」
「聡子、何処行ってたんや?」
帰ってきた聡子に、龍之介は訊く。
「南原さんの恋の相談にのっていました。」
「しゃあないな・・・」
龍之介はあきれる
「龍之介さん・・・お出かけ?」
河野を連れて、外出の支度をしている龍之介に気付いて、聡子は声をかける
「すまん。伊吹の家、行って来る」
龍之介は、主人のいなくなった部屋に時々出向いては、管理していた。
誰にも立ち入る事を禁じ、一人で掃除しては泊まっている・・・
ー何時、伊吹が帰ってきてもいいように・・・−
そんな龍之介に、聡子は哀しげに微笑む
「行ってらっしゃい」
あの部屋で一人・・・・龍之介は伊吹を待つのだ・・・・
ここで弱音を吐いて 泣けない分、一人で泣くのだろう・・・・
龍之介の背中を見送りつつ、聡子は視界が涙でぼやける・・・
(逢わせてあげたい・・・・)
伊吹の存在だけで、龍之介は救われるはずなのだから・・・・・・
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