迷いと決意 2

 

南原はあれから、一人で悩んでいた。

高坂はどうする事も出来ずに、おろおろそれを見ている・・・

「おい、南原の兄さん どないしはったんや? 昨日、外回りから帰ってきはってからずっと ああや・・・」

岩崎が高坂に聞いてくるが、何も言えない高坂はただ首をふる。

南原自身、ショックは大きい。

弟分の中で、一番伊吹に可愛がられていた自分が、すっかり忘れられているとは。

(俺でこうやし、組長はどれだけショック受けるか・・・・)

忘れてはいけない人を忘れてしまっている・・・・

被弾して、転げ落ちて、川に落ちれば、そんな事も起こるかもしれないが・・・

(しかし、このままという訳にいかんし)

人生最大の悩みに陥る南原。

 

「南原!なんかあったんか?」

事務室に入ってきた龍之介に訊かれてびくつく。

「組長!」

「俺を見て怯えるとは、ますますあやしいな。なに企んでる?」

何も知らない龍之介・・・・なす術もなく、南原の頬を涙が伝う・・・・

「おい・・・・」

困り果てて、うろたえる龍之介。自分が南原を泣かしたような罪悪感に襲われる

「兄さんは・・・淀川の嬢さんと最近いろいろあって・・・!恋の悩みなんです!」

苦しい高坂の言い訳・・・岩崎と龍之介はあきれる。

「まさか・・・妊娠させたんと違うやろな?済んだ事はしゃあないから、さっさと責任とって結婚せい」

龍之介の言葉に、心で大泣きの南原、高坂を睨む。

 

「南原さん、私とお話ししましょう」 

お茶を持ってきた聡子が、その様子を見て口を開いた。

 

 

 

近くのカフェに場を移した聡子と南原は、奥のテーブルに向かい合って座った。

「貴方の悩みは、伊吹さんの事でしょう?」

すっかり妊婦らしくなった聡子は、着物ではなく、マタニティウェアーを着ていた。

その姿は、実年齢よりも かなり若く見えた。

「姐さん・・・・」

深刻な南原の様子に、聡子は、もしものことを思い表情を堅くした。

「見つかりました。」

「今、何処に?」

「花園医院で介護士になってます・・・あの・・・」

言いよどむ南原・・・

「記憶喪失なんです。兄さん・・・」

一瞬、聡子は言葉をなくす

「組長の事も、自分の名前も、皆忘れてるんです。そこでは茂宇瀬義明と言う名前で暮らしてました。」

南原の悩み、そして涙の訳をやっと知る聡子。

「すっかり、人が変わって、外身までオカンなんです。爺さん、婆さん相手に愛想振りまいて・・・」

本来の伊吹が、そうだったのだろう・・・聡子はぼんやりそう思う。

やくざになど、ならなければ、伊吹はそういう福祉関係の仕事に就き、

かいがいしく人の世話する・・・そんな人生を送っていたのかも知れない。

「連れて来れませんでした。いきなり、そんな兄さんを、やくざ界に連れてくるのもなんですが・・・

組長がどれだけ哀しむか・・・・」

再び南原の頬を涙が伝う

聡子はそんな彼の手を握り、微笑む。

「連れて行って、私、伊吹さんと話すわ。龍之介さんに会うかどうか聞いて見る。龍之介さんも、

今までがんばってきて、前みたいに弱くないから、乗り越えられると思う。ただ、伊吹さんは

今の生活が気に入ってるかも知れないし・・・問題はそこなの」

 

「姐さん・・・」

 

地獄で仏に会った気がした・・・・

 

 

花園医院の前で、出張沐浴サービスから帰ってきた花園ファミリーに出くわした。

「南原さん・・・」

拓海は呼びかける

顔と名前を覚えるのが得意な外科医、花園拓海。

「まあ・・・中へ・・」

5人は階段を昇る

 

 

「誰なんでしょうね?あの連れの美人。もしかして、藤島さんの奥さん?妊婦だし〜」

病院の台所で、紀子が拓海に耳打ちする

「!紀ちゃん、呼び名の切り替え早いね。僕まだ、茂宇瀬さんて言ってしまうけど。」

「ああ、母が離婚する前は私、藤島だったんです。同じだから判りやすくて」

 「まあいいからコーヒー、持ってって、話に割り込まないでね。」

拓海に釘を刺される紀子・・・・

「でも、藤島さん盗られちゃう」

「もともと、鬼頭組の人なんだから、しょうがないでしょ」

ぶっー

ふくれながら紀子は、トレイを持って応接室に入る

 

 

「伊吹さん、鬼頭聡子です。組長、鬼頭龍之介の妻の・・・」

鬼頭龍之介・・・・

軽い頭痛を伴う衝撃が伊吹を襲う

「よかった、生きていてくれて・・・心配したのよ」

「すみませんでした。記憶が無くて、連絡も出来ませんでした。」

満面の笑顔。鬼頭のカリスマやくざの面影は微塵もない。

「驚いた?自分が鬼頭組の幹部だって聞いて」

「少しは。でも、薄々感づいていたんです。普通の人は拳銃で撃たれたりしないし、

肩に刃物の傷なんかないでしょう?」

この天真爛漫さは、昔の龍之介を見るようだと、南原は思った。

「もし、嫌じゃなければ・・・鬼頭に戻って欲しいの。待ってるのよ・・・貴方の大事な人が貴方を・・・」

聡子の瞳から、何時しか涙が溢れていた・・・・・

 

「せっかく堅気になった人を また、やくざに戻すんですか!」

戸口でトレイを持った紀子が叫んだ

 

「紀子さん?」

伊吹は、普段の優しく明るい紀子とは、似ても似つかない感情的な彼女に驚く

「藤島さんは、ここで私達といるのが幸せなんです!そうでしょ?」

「はいはい、そこまで。話に首突っ込むなつったでしょ〜」

急いで駆け込んできた拓海が、トレイをテーブルに置き、紀子を抱えて台所に連れ込んだ

 

「すみません、普段は優しい、天使みたいな看護婦さんなんですけど・・・今日は何か感情的ですね・・・」

トレイのコーヒーを差し出しつつ伊吹は笑う

「あの方・・・伊吹さんのこと好きなのね」

あはははははは

「そんなんじゃないですよ〜 それに、私には愛する人がいますから。」

と伊吹が掲げた左手には、龍之介とのカップルリングがはめられていた。

「誰だか、思い出せないんですが・・・・」

聡子はハンカチを口元に押し当てて、声を殺して泣いていた。

 

「逢ってください・・・・鬼頭龍之介に・・・」

 

そう言うのが やっとだった・・・・

 

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