迷いと決意 1

 

聡子が鬼頭に戻り、なんとなく皆が 本来のペースを取り戻しつつあった。

藤島伊吹の不在という大穴を開けたまま・・・・

 

時々姿を消す組長、龍之介。個人でこっそり伊吹の事を捜索しているらしい。

その事には、組中が無言である。

島津も、仕事の為一旦、東京に帰ったが 時々暇を見ては顔を出す。

心配しているのだ・・・

 

何よりも、平常心を装っている龍之介が一番案じられた。

 

「兄さん、姐さん帰ってきはってから、組の雰囲気が落ち着きましたねえ・・・」

南原の外回りの運転手を勤めている高坂が、ハンドルを片手にそう言った・・・・

土手には桜が咲いていた・・・

もう4月・・・・

6月には生まれてくる、鬼頭の跡取りに皆は、少し癒されている。

 

「高坂、ここに行ってくれるか?」

後部座席から南原は、地図の書かれた紙切れを差し出す

「はい?花園医院?病院ですか・・・・」

ハンドル片手に、高坂は紙切れを見詰める

「病院言うても、ボロっちい病院みたいやから見逃すな。」

室戸からの情報だった。

ここに伊吹らしき介護士がいるという・・・・

しかし、伊吹と断定したわけではない。

介護士は、茂宇瀬義明と名乗っている。一度確認して欲しいとのことだった・・・

「まさか!藤島の兄さん・・・・」

「まだ、はっきりした訳やない。組長にはまだ言うな。ぬか喜びさせとうない」

高坂の心拍数が上がる・・・・

これで、伊吹さえ戻れば、鬼頭は心配事も何もない元通りの生活に戻るのだ・・・・

祈るような気持ちで、高坂はその場に向かった。

 

 

「兄さん・・・・マジ・・・ここ、病院ですか?」

付近の病院は、室戸があの事件の後、すぐ当たった。が、おそらく今までここだけはスルーされていたと見る・・・・

誰が、ここを病院と認めるのか・・・・

「こんなとこじゃあ・・・見つからんのも無理ないな」

軋む階段を南原と高坂は上っていく・・・

ドアを開けると、待合室におじいさん、おばあさんがちらほら・・・

あまり流行ってないようだ。

「伊藤とみさん、入ってください。」

診察室から男の声がした

(兄さん!)

忘れもしない、藤島伊吹の声だった。南原は急いで診察室のドアを開けた

戸口に立っている介護服の男は、南原を見てにっこり笑った

「すみません。受付して、順番を守ってください」

「兄さん!」

「はあ?」

「こんなトコで何してはるんですか?」

 

 

患者の診察を終え、応接室に集まった花園病院ファミリーと南原、高坂・・・・・

「関西・・・鬼頭組若頭、南原圭吾さんですか・・・」

拓海は南原の名刺を見詰める。

「ウチの組長側近が、親組の内部紛争に巻き込まれまして、土手で被弾して行方不明になりました。

かすかな手がかりを元にこちらにうかがいましたが・・・」

「その、藤島伊吹さんの身体的特徴などありますか?」

拓海の言葉に即答する南原

「右肩にドスで斬られた古傷があります。昔、出入りの時、兄さんが私を庇って怪我しました。」

伊吹は驚く・・・・

まんざら、鬼頭の組長側近は嘘ではないらしい・・・自分の古傷のことまで知っているのだから。

「状況からして、この方が藤島伊吹さんに間違いないと思います。が・・・困った事にこの方は、

被弾のショックと土手を転げ落ちた時の、頭部打撲の為、記憶喪失なんです。」

(え????)

南原は途方に暮れた

だからさっき、自分を患者扱いしたのか・・・・

「兄さん!覚えてはらへんのですか?何にも?組長のことも?」

身を乗り出して訊いて来る南原に押されながら、伊吹は恐る恐る訊く。

「私は・・・貴方のお兄さんなんですか?でも、苗字が違うじゃないですか?」

マジですか・・・・・

高坂も途方に暮れる。

「腹違いの兄弟とか・・」

真剣な顔で訊かれて、南原は100トン級の衝撃を受ける。

(どうしょう・・・)

「あの・・・」

拓海が口を開く

「南原さんと2人でお話ししていいですか・・・」

 

 

近くの喫茶店に入り向かい合って座る、拓海と南原。

「気が動転しておられるようですが、順を追ってご説明します。まず・・・あの朝、私が土手で薬草をつんでいると、

人が川からドンブラコと流れてくるじゃありませんか・・・驚いて、引き上げると血だらけです、緊急事態なので、

担いで自分の病院に連れて行き、銃弾を摘出し、縫い合わせて輸血しました。意識不明でしたが

3日後に意識が戻り、名前を聞いたところ・・・・・」

「記憶がないと?」

拓海は頷く。

「まず、遅ればせながら、組長に代わってお礼を申し上げます。治療費および謝礼は、後ほどさせていただきます。」

こんな口上が出るくらいなら、落ち着いてきたのだろうか・・と拓海はぼんやり考える。

「かなり・・・大事な方なんですね。茂宇瀬さん・・・いえ、藤島さんは。」

「鬼頭では無くてはならんお人です。兄さんが行方不明になって、組の者もですが 組長がどれだけ

辛い思いをされたか・・・」

「これから・・・どうされます?」

「鬼頭にお連れします」

「あの、衝撃強いと思うんです。藤島さん・・・いきなり貴方はやくざの幹部です なんていわれて・・・」

南原は少し声を荒げた

「うちは暴力団とちやいます。堅気に迷惑かけるようなことも、後ろ指差されるような事もしてません」

「すみません、お気に障ったなら謝ります。でも、今の彼は、一般市民の感覚しか持ってないんです。」

ああ・・・南原は頷く

「でも、組長の事思うと、一刻でも早く逢わせたいんです」

拓海は煙草を取り出して吸い始めた

「組長さんは、記憶をなくした藤島さんを見て、どう思われるか・・・」

それを言われると辛い南原だった。

他の事はともかく、伊吹が龍之介の事を忘れたという事は 龍之介にとってかなりショックな事だと思われる

それでも・・・逢いたいだろう・・・・

たぶん

自分なら・・・逢いたいと思う。

 

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