それぞれの日々 3

 

次の日の夕方。

病院の台所で、伊吹がビーフシチューを煮込んでいると、診察から拓海と紀子が帰ってきた。

「ただいま〜わ〜〜〜〜凄い!こんなのできるんだ!」

「誰でも出来ますよ。ルーを買ってくれば・・・・」

覗き込む紀子に味見をさせつつ、伊吹は笑う

「おいし!茂宇瀬さんて・・・おさんどんもしてたの?それとも、主夫?」

「茂宇瀬さんのお蔭で、私達は自炊しなくてよくなりましたねえ」

白衣を脱ぎつつ拓海は笑う。

「今までは、お食事 別々にされてたんですか?」

「料理できないもんね。私達・・・自宅で適当にすませてたんです。お昼は店屋物」

「紀ちゃん、自慢にならんよ。もう三十路になろうとしてる女が!嫁に行けないよ」

 年の事を言われて、ふくれる紀子・・・・

「紀子さんは、天使のように心が綺麗だから、いいお嫁さんになれますよ」

にっこり笑って言う伊吹・・・・エプロン姿の彼こそ、いい嫁ではないかと拓海は思う。

テーブルに皿をならべ、夕食の支度を始める3人。

 花園医院の夕食・・・・・・

「茂宇瀬さんが、予約患者の受付管理しっかりしてくれるし、炊事も掃除もしてくれるから僕たち幸せだなあ・・・・」

食卓を囲んで笑いあう3人

しかし・・・・・

伊吹は何かを置き去りにしてきた様に この団欒の幸せがひっかかる・・・・・・

 

「茂宇瀬さん、商店街のおばちゃんたちにも顔覚えられて、買い物に行くと、まけてくれたり

ただでくれたりするんですって」

紀子も何時になく楽しそうだ。

「それは、拓海先生が無償で、奉仕を頑張っておられるので、そのお礼に ”これでおいしいものでも作って

拓海先生と召し上がってください”と下さったんです」

伊吹の言葉に拓海は苦笑する

「だから・・・・早い話が、貧乏な花園医院に食べ物を恵んでくれた・・・と・・・」

「ありがたいじゃあないですか?今時。」

紀子の言葉に頷く拓海

そう・・・・だから・・・・・・

この町にいるのだ。生まれ育ったこの町が好きで・・・守りたくて

「茂宇瀬さんも、町内の人気者ですよ。男前の看護士さんって・・・・」

コンソメスープを飲みつつ、紀子は笑う。

「え〜〜〜僕は?」

拓海が焦って訊いてくる

「先生は、綺麗な兄ちゃん”」

男前と呼ばれてみたい拓海であった。

 

(こうしてこのまま、ここで生きていくんだろうか・・・・)

拓海と紀子のやり取りをぼんやり見詰めつつ、伊吹は考える

毎晩、自分の腕の中で泣いている誰かの夢を見る。

それは、幼い子供だったり 中学生だったり、高校生だったりする・・・・・・

ー・・・さん・・・・ー

確かに自分は、その人の名を呼んだ。なのに・・・・・なんと呼んだのか覚えていない。

 

 

物思いに耽る伊吹を紀子は見詰める

何処に消えていきそうで不安になる・・・・・

所詮行きすがり。記憶を取り戻せば元のところに帰る人。

でも

傍にいて欲しいと思う。永遠に記憶が戻らなければ・・・・・

はっ・・・

(何考えてるんだろう?私・・・変だ・・・・)

シチューの皿を抱えて、頬を赤らめる紀子を見つめる拓海。

愛しい妹を見る兄のようだった・・・・・

 

 

 

土手に、龍之介は聡子と佇む。

「ここや・・・伊吹が行方不明になった場所。」

聡子を吉原に迎えに行った帰り、龍之介が伊吹のことを話すと、聡子はその場所に行きたいと言ったのだ。

「伊吹さん・・・・・」

芝生にかすかに残る血の痕・・・・聡子は瞳を伏せる・・・・

「龍之介さん、今まで辛かったでしょう?」

涙が零れる・・・・・・・

「待つよ・・・・・俺は」

聡子の肩を抱きつつ、龍之介はつぶやく

「この周辺の町も当たってみる。」

「龍之介さん・・・・・・」

「それでも、それにばかり関わってられへんから。俺は組長やし、もうすぐ、親父になるし。

お前は無理せんと無事に子供を産むことが第一。」

夕日が沈もうとしていた・・・・・・・

2人は車に乗り込む

「鬼頭は最近、活気無くしてるから、辛気臭いけど我慢してくれ。」

伊吹のいない鬼頭組・・・・・想像できない聡子

(私がどれだけ龍之介さんの力になれるか・・・・でも頑張るから、伊吹さん帰ってきて・・・)

聡子は祈るような気持ちで車に揺られていた・・・・・・

 

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