それぞれの日々 2

 

 病院のソファーで、横になっている自分に気付く伊吹・・・・

「気が付きました?貧血かと思ったけど、違ったからしばらく様子見てました」

額には氷嚢が乗せられている

「すみません」

「なにか・・・思い出しましたか?」

「忘れてはいけない人がいるのに、思い出せないんです・・・」

伊吹は起き上がる・・・・

「思い出そうとする時は頭痛、眩暈などが起こるときもあるとか」

拓海がテーブルの上から煙草をとり、くわえると伊吹は、すばやくライターをとり 火をつける。

「茂宇瀬さん?」

拓海は、その慣れた仕草にあっけにとられる。

「もしかして、お水ですか?」

「え?」

ははははは・・・・・・大笑いしつつ手をふる

「冗談ですよ。でも・・・さっき、なんか・・・ホストみたいでしたよ」

体が勝手に動いた・・・・伊吹は考える・・・

(私はこんな事を、いつもしていた?)

「思い出したいですよね・・・」

拓海は煙草の煙をくゆらせる

過去が無い。名前も無い。どんな気分がするだろう・・・・・

 「私は、被弾して川に落ちたんですよね」

 「はい」

「もしかして、暴力団関係なんでしょうか?」

「刑事くんかもよ〜」

もうそれはいい・・・・・

「肩に・・・古傷ありますよね。一般市民は、こんな傷、ないでしょう?」

ふう〜

拓海は煙をゆっくり吐く

「暴力団だと嫌ですか?だから、思い出したくないんですか?」

伊吹は首をかしげる

「さあ・・・・」

「不安ですよね・・・自分が何処の誰か判らないなんて。脳だけでなく・・・細胞の一つ一つにも、

記憶があると思うんです僕・・・・」

すっかり宴会の雰囲気はそがれ、深刻な話になっている2人・・・・

「はあ・・・」

「角膜移植したら、ドーナーの最期に見たものが見えちゃう事あるとか。臓器移植に関しても、

色々な話あるんです。だから・・・茂宇瀬さんの細胞にも、何か記憶があって、無意識に行動するとか・・・」

「脳裏に浮かぶんです。誰かの面影が・・・幻聴のように聴こえるんです、誰かの声が・・・」

煙草の火を灰皿で消して、拓海は頷く。

「焦らず思い出してください。焦ると逆効果ですから。」

「あの・・・・」

伊吹は思い出したように、顔を上げる

「もう一度、土手から落ちてみるのはどうでしょうか」

あきれる拓海・・・・・・

「マンガチックな考えですね。頭をもう一度打ったら思い出すとか?あまりお勧めできませんが・・・

土手に行ってみるのは、いいかも知れません。外回りの帰りにでも行って見ましょう」

 

何か・・・・

記憶の破片を拾えるかも知れない・・・・・・

 

伊吹は土手を思い描く。

 

 

 

 

ー龍さん・・・ー

伊吹の呼ぶ声に、龍之介は起き上がる。

(夢か・・・)

冷や汗でパジャマがぐっしょり濡れている・・・・・

クローゼットから着替えを出して、着替えると、窓際に行き 月を見上げる・・・・・・

時が経てば、経つほど伊吹の生存確率は低くなる・・・

(それでも・・・・俺は待つから・・・)

ベッドに座り煙草に火をつける・・・・・

(お前に褒めてもらえるくらい、立派になる・・・・強うなるから・・・)

頑張れば、努力して生きていけば、いつか伊吹に逢える気がした・・・・

行のようなもの・・・・・

(死んだ後にしか会われへんかっても・・・それでも待つ)

 零れ落ちる涙・・・・・・

もう拭ってくれる優しい手も、抱きしめてくれる広い胸もない・・・・

それでも・・・・・

 

想い出があるという事は生きる糧になる。

忘れまい。今がどんなに辛くても・・・・・・・

伊吹の一つ一つ・・・・・何もかもを記憶する・・・・・・・

 

思い出したように、引き出しから小さな箱を取り出す

おもちゃの婚約指輪。大学生の時貰った婚約指輪

誕生日に水族館デートした帰りに撮ったプりクラが保管されている。

15歳・・・・16歳・・・17歳・・・18歳・・・・19歳・・・・

1年毎に撮られたそれは19歳で終わる・・・・

19の誕生日、伊吹は自分をやっと、受け入れてくれた。

一生添い遂げると決めた。

あの日もこんな月夜だった・・・・・

壊れ物を扱うような、優しい指先は母親に抱かれているような気さえした。

最後まで、龍之介を気使ってくれるのが嬉しくて・・・

それでも心のどこかで、もっと強く愛されたいと願っていて・・・・

 

あの頃が懐かしい・・・・・

 

(もし、もう一度 お前に逢えたら、俺はお前を抱きしめる。ずっと俺がそうされてきたように。

親鳥が雛を抱きかかえるように・・・・お帰りって・・・)

そして・・・・・

涙がとどめなく流れる・・・・・・・

 

そして

 

二度と離さない

 

龍之介が泣いていると伊吹はいつもキスしてくれた

 

そんな事さえ遠い昔のようだった・・・・・・

 

「明日からは頑張るから・・・今だけ、泣かせてくれ。」

 

月が涙で滲んで見えた。

 

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