それぞれの日々 1

 

 3月になろうとする頃、龍之介は哲三に 聡子を呼び寄せる提案をした。

 

「大丈夫なんか?お前は」

「今まで、ほったらかしててすみませんでした。」

哲三は龍之介を見る。表面は落ち着いたように見える・・・・・が・・・・

「そうやなあ、聡子の励ましも必要かな。一人で部屋におるのもようないかもなあ」

父親の自覚も必要、島津にもそう言われていた。

伊吹の事しか頭に無い状態で、聡子の出産が行われるのが心配だった哲三は、反対する理由はなかった。

「若ぼん、無理したらあかんよ・・・」

島津は少し心配していた。

「でも、努力はする。このままやと俺はダメになるからなあ」

「そうか・・・」

哲三は頷く

「龍之介、お前と伊吹は永遠に一緒にはいられへん。いつかは別れが来る・・・いくら望んでも。

ずっと一緒は無理なんや・・・・ワシと紗枝も、世間一般から見たら早い別れやった。その時の事、

思い出してしもうてなあ。お前、見るのが辛かった・・・もちろん、伊吹の無事をワシも信じてるけど、

万が一・・・生き別れても・・・」

龍之介は泣きそうな顔で笑った・・・・・

「あいつは・・・信じて待てと言うた。絶対俺のとこに戻るから、信じて待てと。死んでも来世で待ってるて」

「そうか、ワシから聡子に連絡する。伊吹の事も言わなあかんし」

頷いて立ち上がる龍之介。

「若ぼん・・・お休み・・・・」

島津の声とともに、龍之介は消えた

 

「龍之介から伊吹を取り上げるなと言うた、紗枝の言葉が今になって 身にしみるわ」

ため息混じりの哲三の言葉に、島津は頷く。

「あの時、反対して引き裂いてたら えらい事になっとったよ」

あの時、19歳の龍之介の誕生日の翌朝。

伊吹を、昨日付けで自分の情夫(いろ)にしたと龍之介が言ったあの日・・・・

「これから、どうなるんや?あいつは・・・」

「乗り越えなあかんモンはあるから」

島津は俯きがちにつぶやく・・・・・

 

「それでも龍之介は6月には親父になる。それは事実や・・・・」

紗枝を失くした哲三が、龍之介を生きがいにして今まで来たように

龍之介も生まれてくる子を生き甲斐に出来る事を祈った・・・

 

「藤島には、無事でいてもらいたいな。若ぼんの為だけやのうて・・・このままやったら、

藤島があんまりかわいそうやし・・・・」

島津は窓から見える月を仰ぐ・・・・・

 

 

 

伊吹は病室の窓から月を仰ぐ・・・・

記憶の無いまま、茂宇瀬義明と言う名前で花園医院に寝泊りしている・・・・

精密検査を受けたが、脳波に異常は無く、被弾と土手を転げ落ちた時のショックによる

一時的な記憶喪失だとの診断を受けた。

なんとなく居候して、病院を手伝っている・・・・・

男手はこれでも重宝していた

足の不自由な患者、老人の移動・・・医者と看護婦で補えない、力仕事をサポートしていた。

 

 

ー茂宇瀬さんがいてくれるから、出張沐浴サービスも可能になって嬉しいです・・・・ー

 

 

笑顔を絶やさない童顔の拓海は、寝たきり老人対象のボランティアも嬉しそうにしている・・・

あまりの頑張りに、市から若干の援助金も出、商店街では米、魚、肉、野菜・・・

色々なものをくれるので、花園医院は貧乏でも ひもじい思いをしなくてすんでいた。

見かけによらずバカ力で、物質欲がまるで無く、天然・・・・拓海に似た誰かを知っていた気がする。

忘れてはいけない人を忘れている・・・・・

(誰だろう・・・・)

帰らなければいけない場所があるのに思い出せない・・・・

「いつか思い出せるだろうか・・・・」

定期的に、大学病院の精密検査を受ける事になった。拓海の恩師のはからいで、無料で。

忘れまいとすると、逆に忘れてしまう事もあるとか・・・・・

しかし・・・・

思い出したい何かがあった・・・・・

 

ここの生活は穏やかで、楽しいけれど、誰かの呼ぶ声が耳から離れない・・・・・

なんと呼んでいるのかはっきりしないが、美しいテノールが聴こえる。

懐かしい・・・愛しい声が・・・・

 

とても切なくて、我知らず涙が零れ、そのことが伊吹自身を驚かせた

 

「眠れないんですか?」

家に帰ったはずの拓海がドアから顔を出す。

「先生・・・・どうして?」

「飲みませんか?」

とコンビニの袋を揺らす

 

「すみませんね。僕、貧乏だから ビールしか飲めなくて。おつまみも柿の種なんですけどね・・・」

と応接室のテーブルに、カンビールと柿の種を置く

「こんな時間に・・・どうしたんですか?」

「いや、なんとなく。兄弟っていても皆、東京に行っちゃうし・・・父の命日にもこれないし。なんか寂しいねえ・・・」

この人にも、寂しい想いがあるのだと伊吹は思った。

いつも明るく、にこやかだったから、周りから信頼されて愛されて・・・・

そんな陽だまりのような人だったから・・・・・

「今日が、お父さんの命日ですか?」

「別に、兄弟たちは悪くないよ。仕事が忙しいし、来れないのは仕方ない。それでも・・・花、

買って活けてくれって、銀行の僕の口座に、ありえないの額が振り込まれてる。

兄さんは、僕に今でも小遣いだって、毎月5万振り込んで来る・・・でも、そうじゃなくて・・・

僕は会いたいし、話したいし・・・お互い忙しいから無理だけど・・・皆、家庭持ってるし・・・わかるんだけど・・・」

ビールを飲みつつ、愚痴る拓海が幼く見える。

「寂しがり屋ですね。先生・・・案外」

「何で、茂宇瀬さんに こんな事言うのかな・・・誰にも言った事ないのに・・・」

拓海の本音の顔・・・・

「結婚したらどうですか?家族を作るんです」

伊吹もビールを少し飲む・・・

「誰と?」

「あの・・・紀子さんとかは?」

 はははは・・・・・

大笑いの拓海

「そんな仲じゃないですよ・・・紀ちゃんとは〜」

「好きな人とか、恋人とか・・いないんですか?」

「こんな貧乏医者、誰が相手にします?僕が人気あるのは、おじいちゃんとおばあちゃん、子供・・・

若い女性はまるっきしダメですよ・・・」

「紀子さんも・・・そう思ってるのかなあ・・・」

なかなか傍目には、仲のいいカップルに見える。

「僕のこと、男と思ってもないですよ。それより、飲み友達できて嬉しいな。ここ不便でしょ?家にきませんか?」

「それは、ご迷惑になるかと・・」

「腕枕してくれたら、家賃ただで置いてあげますよ〜」

ー腕枕ー

伊吹の脳が反応した・・・・・

「あ〜冗談ですよ。そういうシュミないから〜〜人肌恋しさつーのあるでしょう?」

「私は・・・・誰かに腕枕をしていた・・・・・・・」

身を乗り出す拓海

「思い出したんですか?」

「昔・・・誰かと・・・2人暮らししていて・・・」

不意の頭痛に伊吹は顔をしかめる。

「無理しなくていいですよ・・・それじゃあ、茂宇瀬さん結婚してるかもね」

拓海は伊吹の左手の薬指のリングを指す。

 

 

 

ー目つぶってー

ーいいよー

ー・・・なんですか・・・ー

ー失礼な・・・結婚指輪でしょう?ー

ー指のサイズは・・・どうやって・・・ー

ー寝てる間に測りましたー

ーイベント終わり・・・・略式の結婚式でしたー

ー結婚式・・・ですか・・・ー

 

 

伊吹の脳裏におぼろげに浮かぶ面影・・・・・・・・・

眩暈とともに伊吹は、その場で気を失った。

 

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