嵐の痕 4

 

ー何処にも行くなよー

ー私に、行くところなんか、ありませんー

ーお前さえ傍にいてくれたら・・・何もいらんー

ー龍さん、何があっても、乗り越えてください。一時、私が傍におらん時があったとしても、

再会を信じて気をしっかり持ってください。たとえ・・・・死んでも来世で待ってますから・・・ー

 

 

龍之介は夢を見ていた・・・・・

去年の誕生日の日に交わした、伊吹との会話。

(再会を信じろ・・・・て・・・死んでも来世で・・・)

涙が溢れる・・・・闘争の嵐は龍之介をぼろぼろにした。

「なんで・・・お前が狙われる?行くとこ無いんなら・・・はよ帰ってこんか!」

平日で、朝方であった為、目撃者もいなかった・・・・・誰かに助けられたと言う可能性も低い。

ほとんど、何も食べずに閉じこもるか、土手に行くかの日々・・・・

周りも何も言えずに辛そうに、龍之介を見るだけだった・・・・・・

 

 

 

 

「意識が戻りましたよ!!!!」

紀子が嬉しそうに拓海を呼んだ

静かにベッドの脇にやってくる拓海を、伊吹は見上げる・・・・

「気分は、どうですか・・・」

にこやかな外科医の微笑みに、少し苦笑して伊吹は起き上がる。

「私は・・・何故ここに・・・・」

「土手から・・・・転げ落ちたようですが・・・」

「どうして・・・・土手から・・・・」

「お名前は?」

医師の問いに、伊吹は瞳を大きく開く・・・・・

「まさか・・・・・」

嫌な予感が拓海の頭をよぎる・・・・・・

「判りません・・・・・」

「記憶が無いんですか?」

「はい」

腕組みをする拓海・・・

「それじゃあ・・・帰るところ無いんですね」

天然外科医は真剣に困っていた・・・・・・

「あの・・・私は・・・・何故ここに・・・・」

「土手から転げ落ちて川にはまって、どんぶらこと私の目の前に流れてきたんですよ。」

「助けてくださったんですね・・・ありがとうございます」

笑わせようとしたのに、お礼を言われて少しがっかりな拓海・・・・

「で・・・どうします?これから・・・・」

紀子が拓海に問いかける・・・・厄介な事になった・・・・

「今度の出張執刀の時に、一緒に大学病院行って、脳波とかの精密検査しましょう」

やはり、この人は医者だ・・・・・と紀子は思う。

男を何処に置いとくとか、そういう問題は一切考えていない・・・・打った頭の心配をしている。

「というか、行き場無いんですよ・・・この方・・・」

「じゃあ、ここにいるしか・・・」

ーはあ?????−

紀子はあきれる・・・・・

「養う気ですか?」

「う〜〜〜ん・・・・僕、そんな甲斐性ないなあ・・・」

「どうするんですか!」

2人の漫才を聞きつつ、伊吹は途方に暮れる・・・・

「すみません・・・助けていただいたのに、ご迷惑をおかけして・・・・」

「そういう意味じゃあ・・・あの、いてくださっていいんですよ。ここに・・・」

紀子はすまなさそうに笑う・・・・

しかし・・・記憶が永遠に戻らなければ・・・・・という不安は、拓海にも無くはない

「貴方を探している人・・・いるかもしれませんし。家族とか・・・」

「顔写真貼って、広告ばら撒くとか・・・逆尋ね人」

それもなあ・・・・・拓海は乗り気でない。状況からして追われている可能性は高い

「とにかく・・・名前ないと困りますね・・・」

「では・・・桃太郎さんにしましょう」

「何で!!!」

紀子は、いい加減にこの外科医の頭についていけなくなる・・・・・

「川から流れてきたから桃太郎・・・判りやすいでしょう」

伊吹は少し困っていた・・・・

記憶が戻らなければ、その名前でずっと生きていかなければならないのだから・・・

「困ってますよ・・・・ほら・・・」

紀子が男の困り顔を指していう

「モーセ・・・とか・・」

「なに?」

「聖書に出てくるほら・・・十戒で有名な・・・・」

「ああ・・・あの方も川から流れてきましたっけ」

「この字で、もうせ。どうです?」

紙に茂宇瀬と書き男に見せる

「なかなか紀ちゃん、センスいいねえ・・・・」

拓海が感心する

(先生がセンス無さすぎなんです・・・・・)

「苗字はそれで・・・名前は・・・太郎さんは???」

「桃太郎から離れなさい!モーセとくれば・・・ヨシュア・・・よしあ・・・義明・・・茂宇瀬義明。決まり」

(決めるなよ・・・・勝手に・・・・)

あきれる拓海・・・・・・・・

「・・・看護婦さんはクリスチャンなんですか?」

伊吹に訊かれて、紀子は笑う

「いいえ・・・小さい頃、お父さんとお母さんと・・・お兄さんも一緒に暮らしてた頃、近くの教会の日曜学校に

行ってた事があって。行くと、アメとかチョコレートとか、くれるんですよ。そこで聞いたモーセの話・・・

お兄さんが凄く気に入って、私にしょっちゅうするんです・・・今は教会なんて通ってないんだけど・・・・

モーセの事は覚えてるんです」

「お兄さんは・・・今何を?」

伊吹に訊かれて、紀子は寂しげに笑う・・・・・・

「生き別れてしまいました・・・・・両親が離婚して私は母に、兄は父に。それから行方知れず・・・・・

3年前、母が亡くなってからずっと探してるんですけど・・・・お兄さんいないと私・・・天涯孤独になっちゃう・・・」

天涯孤独・・・・その言葉に伊吹ははっとする。自分もそうだったような・・・・・

「茂宇瀬義明・・・いいですか?これで」

拓海が顔を覗き込む・・・・そんな幼い仕草・・・何処かで見たような・・・懐かしい気がする・・・・

 

 

「え・・ええ・・・」

一瞬・・・・・・誰かの面影が脳裏を横切った気がした・・・・・・

 

 

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