嵐の痕 3

 

 「先生も物好きですねえ。こんなもの拾ってきて・・・」

重症患者に点滴をしながら、鈴木紀子はため息をつく・・・・

昔は大病院に勤めていたが、上司の医療ミスの罪を背負わされ、あちこち転々として後、

この花園医院に居ついた、28歳の天然娘・・・・・

明るく前向きがとりえ・・・こんな悲惨な目にあっても、人を恨む事のない天使。

「土手で薬草つんでたら、川から流れてきたんです・・・どんぶらこって・・・・」

はははは・・・・・

30歳の外科医。花園拓海・・・紀子に輪をかけた天然。

腕はいいが、貧乏医者。父親のボロっちい病院を未練たらしく経営している・・・・・

大学病院からお誘いが来ても、頑固に断る変わり者。

男の癖に長い髪を後ろで束ねた眼鏡の童顔の優男・・・・なのに・・・バカ力・・・・

川から拾った重症患者を、一人で担いでここまで連れてきた。

「先生・・・薬草て・・・この訳わかんない草ですか?」

「これ、血止めに効くんだよ」

(子供のままごとじゃないんだから・・・・)

医者としての腕は認めるが、性格に問題を感じる鈴木紀子

「水を大量に飲んでた・・・銃弾が、かすった痕3箇所・・・・肩に1発被弾。頭に打撲の瘤がある。

土手から転げ落ちた可能性高し。水にさらわれたのか持ち物無し、身分を明かすものも無し。怪しいですよ、この人」

「なんで?」

「ガンホルダー装着してました」

拳銃はボルダーにはなかったが・・・・・

「この人、やくざですよ」

ロングボブの髪を揺らして、力説する紀子

「刑事くんかもよ〜」

これだから、何時までもここはボロっちいままなのだ・・・・と思う

来るのは貧乏人、行き倒れ、ほとんど無料で治療してる・・・・

それでも、大学病院にいる恩師が目をかけていてくれて、出張手術などして、何とか食いつないでいる。

変な医者・・・・最初はそう思った。

紀子にとって医者とは、名誉欲と金銭欲の塊な生き物だった

実際・・・そんな医者達に出会い、追い込まれてここにきたのだから。

だから・・・・花園医院から離れられない。貧乏しても、職場がボロでも・・・・・

ここは人間らしい病院だから

「3日間意識なし・・・・どうします?警察に連絡します?」

「やくざだったら・・・まずいんじゃない?」

「先生・・・さっき、刑事かもって言いませんでした?」

ふ〜

煙草を取り出し、一服する拓海。

「拾い物は、警察に届けるべきだよねえ・・・・まあ、意識が回復したらにしよう」

 

「先生、わかってるんでしょう?この人やくざだって・・・」

(確かに・・・任侠のにおいがする。それに・・・・肩の古傷・・・・ドスで切った傷だろう)

「ウチの親父はさ、暴力団でもやくざでも、患者には変わりないって治療したよ。どんな人でも命の重みは同じなんだ。

金なんかじゃ買えないんだ。もし、この人が元気になって恩を仇で返して、僕を殺して逃げても後悔しないよ。

僕はただ、患者を治療するだけ。」

「おひとよしですねえ・・・」

「紀ちゃんは人の事言えないよ」

そう・・・似たもの同士・・・・・・

 

「あ・・・もういっちょ輸血するか〜出血がひどかったもんなあ。この人、A型でラッキーだね」

「この病院、血液のストックAとOしかありませんもんねえ・・・・」

「そう、僕のOと紀ちゃんのA・・・花園式血液銀行」

1銭にもならないことを楽しげに行う、信じられないくらい天然な医者・・・・・・・花園拓海・・・・

 

「そういえば・・・何日か前に治療ミスして、投身事自殺した看護婦のニュース見ましたけど、被害者が

やくざの組長ですって・・・」

輸血の点滴を打ちつつ話す紀子・・・・

「落とし前・・・とか言って・・・やくざに殺されたんじゃないですかねえ」

「推測であれこれ言うなよ。」

ああ・・・・

紀子は自分を恥じた・・・・

昔・・・根も葉もいない噂で、自分は締め上げられて苦しんできたのだ・・・・・

 

「すみません・・・・」

「いいよ」

明るい笑顔が紀子を癒した・・・・・

拓海は優しい・・・・ここはとても居心地がいい。

天涯孤独な紀子には家族のような存在・・・・・

 

患者をにふと視線を落とす・・・・・

精悍なギリシャ彫刻のような横顔

(やくざには見えないけど・・・・・)

 

「死なないで・・・・早く目覚めて・・・・・」

彼女は心からそう願った・・・・・・・

 

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