懐妊 3

 

 

 聡子が実家の吉原組に帰り、再び 姐不在の鬼頭は変わりなく、いつもの日々を送っていた。

龍之介は足繁く吉原に通い、時々外泊という安定した日々の中にいた・・・・

 

「若ぼん!おめでとう」

ある日の昼過ぎ・・・島津が鬼頭を訪れた。

「信さん。こっちに来られたんですか・・・」

龍之介も笑顔で迎える

「仕事でな。聡子さん御懐妊やて?うれしいなあ・・・」

そう言って入ってくる・・・

「ぼんのトコに行ってくるわ」

と哲三の部屋に向かう・・・・・・・

 

 

「兄さん・・・あの人は?」

高坂は初めてみる島津の事を南原に尋ねる

「お前初めてやな・・・島津の兄さん」

「ぼんて・・・誰で・・・・若ぼんて・・・・?」

ははは・・・・南原は笑う

「島津信康。あの人はなあ・・・6代目の頃の幹部で先代の教育係やった人や。そやから先代の事、

いまだに”ぼん”や。先代の結婚の時、仲人までした。長い事いてはったけど、80歳で引退して

陶芸を始めたらいきなり有名になってなあ・・・・今は有名な陶芸家、島津信康先生や・・・

それでも鬼頭には時々顔見せてくれはるし先代とは交流もある、組長の仲人でもあるし・・・・・」

「やくざ引退して・・・陶芸家ですか???」

高坂は首をかしげる

「兄さんは器用なお人や。なんもでけへん落伍者がやくざやってるんと違うぞ。特に鬼頭はな・・・」

あの気のよさそうなお爺さんが、鬼頭の大幹部だったとは・・・・・

高坂はあっけにとられる・・・・・

 

「お客さんか?」

一人で外回して、帰ってきた伊吹が南原に訊く

「島津の兄さんが来られました」

「先代の部屋か・・・挨拶に言って来る」

伊吹の後姿を見つめつつ、高坂は疎外感を感じる・・・・・

「いじけるな・・・古株は皆知ってるけど、お前は新入りやから知らんで当たり前や」

「・・・島津の兄さんて・・・人気者なんですね」

「頼れる大ボスや・・・・先代も頼ってるし・・・今じゃ先代の親代わりも同然」

へえ〜〜〜〜〜〜

 

 

「先代、藤島です」

「入れ」

哲三の部屋に入ると、そこに島津と龍之介もいた。

「藤島〜久しぶりやな・・・」

島津が笑顔を向けた

「兄さんがお越しと聞いて、ご挨拶に参りました。」

と席に着く伊吹・・・

「あれから宮沢笑い死にしてへんか?・・・与一ちゃん〜出て来い!」

奥のふすまから宮沢与一が出てくる

「兄さん・・・・」

哲三の参謀、宮沢与一。

「このメンバー・・・懐かしいなあ。若ぼんも親父になるし〜ワシら老けたよなあ・・・」

南原がそこに茶と茶菓子を持って入ってくる・・・・・

「兄さんいらっしゃい・・・ごゆっくり。」

「南原元気か? 若頭やてなあ・・・」

「はい・・・」

「お前も早よ嫁貰わんか・・・世話したろうか?」

「いいえ・・・・」

「好きな女でもおるんか?」

「いいえ・・女はおりませんけど」

笑って誤魔化す南原圭吾・・・・・・

「まさか・・・男やったらおる・・・とか言うなよ。そこまで藤島に似るなよ・・・」

冷や汗の南原・・・

「失礼致します・・・・ごゆっくり・・・」

早々に退散する南原・・・・・・・

 

 

「兄さん・・・・南原にあそこまで突っ込まんでも・・・悪趣味ですよ」

宮沢が見るに見かねて口を開く

「・・・与一ちゃん・・・何か知ってるんか?」

「宮沢の兄さん!まさか・・・・・」

南原と伊吹の一件を知っている素振りに伊吹は驚く・・・・・

「南原をずうっと見てたら判るわ・・・それくらい。あの時・・・南原失踪事件も原因は組長と藤島の事やろ?」

さすが参謀・・・・些細な事実も見逃さない・・・・・

「?え???なんや?」

訳の判らない哲三が訊いて来る・・・・

「つー事は・・・まさか南原・・・藤島に?」

島津は、もう察しがついたらしい・・・・・

龍之介は静かに視線を落とす・・・表情は変わらないが明らかに気分を害している・・・・

「信さん・・・どういうことや・・・」

「ぼん・・・南原・・・どうやら藤島に片思いしとったらしいで・・・・」

「え!?」

 驚くあまり声を失う哲三

「若ぼんに藤島とられて、まだ諦めきれへんらしい・・・・」

うんうん・・・・と頷きつつ島津はつぶやく・・・

「兄さん・・・南原のことは武士の情です。もう言わんといてやってください。」

その事で南原が話題になる事を伊吹は好かない・・・・

「やけに弟分庇うなあ・・・」

「気付いてもやれへんかった私も悪いんです」

「気付いてたら・・・どうなってたんや・・・」

いきなり口を挟んでくる龍之介・・・・・

一同凍りつく

雲行きが怪しい・・・・・・・・

「諦めさせるくらいのことは・・・」

「優柔不断なお前にそんな事できるか・・・そやから俺が言うてやったんや。はっきりと。」

「なんていうたんや?」

興味深々な島津・・・・・

「”俺の情夫(いろ)に手ぇ出すな”・・・・・て・・・」

伊吹の答えに一同は唖然とする・・・・

「龍之介が・・・・・そんな事・・・今の龍之介とちごて・・・当時19歳の・・・19歳の頼りない・・・・

めそめその、気の弱い・・・・あの・・・龍之介が・・・・・」

「親父・・・・いい加減に・・」

龍之介も我慢に限界が来ていた

「これ以上何かしたら、指ツメじゃすまんとまで・・・・」

伊吹の一言に再び凍りつく一同・・・・・・

「この話は南原の名誉のために、聞かんかった事にしてください」

氷のように冷たい視線を向けつつ龍之介は言い放った・・・・・

今も引きずっている南原のことを言われて心穏やかでない。

 

 

「それはそうと・・・名前なんにする?若ぼんの子・・・・男やったら・・・」

切り替えの早い島津・・・・・・

周りはついて行けない・・・・・・・

「龍太郎とかどうや・・・」

「名前負けしましから・・・いかめしい名前はやめましょう」

ずっと名前負けのコンプレックスを持ち続けていた龍之介がそう言った・・・

「あんまり強そうな名前付けると弱弱しい子になるとか・・・綺麗な名前付けると不細工な子になるとか

言いますよねえ・・・・・・」

身に覚えのある伊吹は同意する。

「そういえば・・・・お前、本名 藤島正美やったな・・・」

哲三は思い出す・・・・

鬼頭に引き取る時、極道にしては弱弱しい名前だと、哲三が彼に”伊吹”と名づけたのだった

コワモテの伊吹が女のような名前を持ち、華奢な美少年の息子の名前が龍之介。

逆じゃないか・・・・と何度も昔、そう思ったものだった・・・・

「いっそ・・・司とか、薫とか、光とか、純とか・・・・女でもOKな名前にしとくか」

哲三の言葉に、はっとする一同。生まれてくる子は男とは決まっていない。

「・・女やったら・・・婿養子か?」

島津がつぶやく・・・・・

「女組長もええですよ」

伊吹が笑いつつそう言う・・・

「別に、1人しか産めへんことないでしょ・・・・次に男の子産むとか」

宮沢の一言で皆納得する・・・・・・

龍之介は娘で婿養子をとってもいいと思っていた。

自分自身がそうだったらいいと思った事があったから・・・・・

そうだったなら、伊吹と結婚して・・・8代目は伊吹が継いでいただろう

 

「元気に生まれてきたら、それで充分や」

そういいつ笑う龍之介は、すでに親の顔になってきていた・・・・

 

TOP          NEXT

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system