懐妊 2

 

平日の産婦人科の待合室・・・・・黒尽くめの男が、妙に目立ちながら座っている

 

運転手で来たものの さすがに診察室には入れず、聡子と龍之介を外で待つ事になった鬼頭組の組長側近。

行き来する妊産婦の視線を一身に浴びつつ、場に不似合いな自分をどうする事も出来ずにいた・・・・

 

 

「めちゃめちゃ目立ってるやないか・・・」

龍之介の声で顔を上げる伊吹・・・・

「産婦人科にコワモテの男が一人で座ってるのもかな〜り怖いな」

龍之介の言葉は完全無視で、伊吹は聡子に駆け寄る

「どうでしたか?」

「伊吹さん。今3ヶ月ですって・・・」

顔は青ざめているが、聡子は嬉しそうに微笑んでいた・・・・

「おめでとうございます」

手を取り合って喜び合う2人。

「私も30近いから、健康管理に気をつけないとねえ・・・」

歩き出す2人の後を苦笑しつつ追う龍之介・・・・・

 

「おい・・・・旦那ほったらかしか・・・・」

そう言いつつも、妻と情夫(いろ)が和気藹々なのが嬉しかったりする・・・・

実のところ、伊吹が複雑な思いになるのでは・・・と案じていたのだ

心中までは量り知れないが、見る限りでは穏やかに事態を受け止めているように見えた。

かえって龍之介の方が戸惑っている。

23歳・・・・・結婚して5ヶ月めにして妻、懐妊・・・

2,3年はかかると、なんとなく思っていたのに・・・・

(確かに・・・聡子の事思うと、高齢出産になる前にさっさと産んだ方がええけどなあ・・・)

ふと・・・母の面影が浮かぶ・・・・・

(お袋も・・・俺を身篭った時、こんな顔で喜んでたのかなあ・・・親父は・・・・)

前を行く聡子と伊吹の姿が、若い頃の紗枝と哲三に見えた・・・・・

上着の内ポケットに手を入れると紗枝のロザリオを取り出した

唯一の母の形見・・・

 

 

「龍之介さん・・・」

振返った聡子が龍之介を呼ぶ・・・・・

「ああ・・・行く」

家族は増えるのだ・・・・・減りはしない。

それが嬉しかった。

 

「でも・・・つわり・・・大丈夫か?」

追いついた龍之介が聡子に訊く

「普通の人よりもきついみたいだと、先生も言うてはりました」

「俺は傍にいてやりたいけど、こういう時はやはり、実家で、お義母さんに見てもらうのがいいんかなあ・・・」

「お義父さんとも報告がてら、帰ってすぐご相談しますが・・・つわりが治まるまでと、産む前だけ

実家に行かせて貰おうかと・・・・・なんか・・・組にいてても、組の皆に迷惑掛けるかも知れへんし・・・」

龍之介は頷く

「組のモンは別にええけど・・・しんどい時に組員の前で”姐”としていてなあかんのは、つらいからなあ・・・

吉原で娘として甘えてきたらええ」

微笑んで頷く聡子が愛しかった・・・・

「先代も喜ばはりますよ・・・」

伊吹も優しい微笑みを聡子に向けた

「私・・・伊吹さんにおめでとうって言ってもらえたのが一番嬉しいわ・・・・」

聡子の言葉に苦笑しつつ龍之介は突っ込む

「おい・・・旦那の”おめでとう”の言葉より嬉しいんか?」

ふふふふ・・・・

聡子は大笑いする・・・・・

「旦那の”おめでとう”は当たり前です」

「おい!」

眉間にしわを寄せる龍之介・・・・・笑いあう伊吹と聡子・・・・・・

3人の位置は揺るがない。

不思議な・・・・・しかし・・・優しい、微妙な関係を描きつつそこに永遠を感じる・・・・・

 

 

ー生まれておいで・・・無事に。お前のお袋も、俺の最愛の男も、お前を待ってる。お前は俺ら3人が守るから・・・・

4人で生きていこう・・・・誰一人欠けることなく・・・・ー

 

聡子の胎に宿った、まだ見ぬわが子に龍之介は心で話しかける。

それが・・・・

幼い頃母を失くした彼の願いだった・・・・・・

                               

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