最愛の人 1

 

次の日の夕食後のひと時、コーヒーを飲みつつ、談笑している龍之介と南原のところに聡子が現れた。

「龍之介さん、伊吹さん・・もう帰られましたよねえ」

「何か用か?」

「すみません。今日中に渡さなあかん書類があったんですけど、忘れてました。龍之介さん、

お手数ですが持って行っていただけませんか?急ぎなんで・・・」

と茶封筒を龍之介に差し出す。

そこへ高坂が顔を出した

「私が運びましょうか?」

南原は慌てて立ち上がると、高坂の腕を引っ張って居間から連れ出す

「大事な書類やから、組長でないとあかんのや・・・・」

「え??」

訳のわからない高坂。南原に無理やり拉致される・・・・・

「・・・・聡子・・・・・」

探るような瞳が聡子を捕らえる

「これから気ぃつけますから・・・・お願いします」

ひたむきな聡子の瞳に唇を噛む龍之介

「組長、私んとこと方向一緒ですから、お送りしますよ」

南原が高坂を制して再び居間に現れた。

「南原さんお願いします・・・・」

聡子と南原に押し出されるように、龍之介は茶封筒を手に玄関まで移動する。

聡子はコートを手渡し、笑顔で言う

「もう遅いですから、伊吹さんさえ御迷惑でなければ、そちらにお泊りになってください」

「すまんなあ・・・」

俯いたまま、龍之介はそう言ってドアを開けて外に出る。

 

 

この自粛路程は、聡子がピリオドを打った。

 

 

無言のまま南原は伊吹のマンションまで車を走らせた

そして・・・・

「ほな、明日・・・」

そい言い残して、龍之介をマンションの前で降ろして去って行く。

 

ふーっ・・・・

深呼吸をして龍之介はエレベーターまで歩き出す・・・・・・・

 

 

 

合鍵で部屋に入ると、ダイニングにパジャマ姿の伊吹の姿があった。

「龍さん!」

立ち上がり、出迎える伊吹を通り過ごして、テーブルに茶封筒を置く。

「聡子が・・・俺をここによこした。今日中にこれをお前のところに持って行ってくれと」

「姐さんが?」

テーブルには、飲みかけのブランデーのグラスが置いてあった。

「お前・・・・飲んでたんか?」

「最近、寝付きが悪うて」

キッチンの隅にカラのボトルがいくつも並んでいた・・・・

「酒の量、増えたな」

「龍さんこそ煙草、吸うてはりますね・・・」

「知ってたんか・・・・」

「匂いがします・・・」

明け方、独り起き出してはベランダに出て吸っていた。

聡子は知っているようだが、知らんふりをしていた

「湯に浸からせてくれるか?」

「さっき沸かしたとこですから、どうぞ・・・」

伊吹は寝室から龍之介のパジャマとタオルを出してきて渡す。

罪悪感を背負いながら、浴室に消える龍之介の背中を見つめつつ、伊吹は胸が痛む。

 

(姐さん・・・・)

 

伊吹は茶封筒を取り中を改める。

聡子の伊吹に当てた手紙が入っていた

 

藤島伊吹様         

龍之介さんを宜しくお願いします。

                 鬼頭聡子

 

 

それだけ書かれた短い手紙・・・・・・

 

しかし、そこには聡子の苦しみと思いやりが溢れていた。

「姐さん・・・・」

 

3ヶ月の新婚期間を妻一筋に守っている龍之介・・・・・

その心中を思うと、情夫(いろ)のところに送ってやりたい・・・・・

周りの目を思うと、龍之介を悪い夫にしない為にはすぐには送ることも出来ない。

更に・・・・聡子の立場を思って自粛している龍之介に、伊吹のところに行けといっても

「そうか、それじゃあ・・・・」とは言うまい。

口実が必要だったのだ。

それがこれ・・・・・

 

こうして送り込まれた龍之介は・・・・と言えば・・・・・

聡子に対する罪悪感で一杯になっている・・・・・

「龍さん・・・・・」

だから、”宜しくお願いします”なのだ

 

 

1時間以上、浴室にいる龍之介を案じて、伊吹は浴室に向かう

「龍さん・・・・入りますよ・・・」

浴室のドアを開けると、湯船のなかで顔を湯につけている龍之介の姿があった・・・・

「・・・龍さん・・・自殺してるんですか?ふやけますから早くあがってください。」

 

(重症やな・・・)

ため息をつく伊吹

 

 

「ああやって鬼頭では、湯に顔つけて泣いてたんですか?」

ドライヤーで龍之介の髪を乾かしつつ、伊吹がため息混じりに言う・・・・・

「組長になったからって・・・そんなに気負わんでいいんですよ。まったく、ウチのぼんはしゃあないなあ」

組員の目の前では、以前のように”ぼん”扱いはできなくなった。が、だからこそ、ここでは甘えて欲しいと思う。

ドライヤーをしまうと、伊吹は龍之介の隣に座る。

「間に挟まって、しんどいでしょう?」

笑いつつ龍之介の肩を抱き寄せる・・・・・・

「聡子とおると・・・・お前の事ばかり考える。お前とおったら、聡子のこと忘れてしまうのに・・・・・・・」

「それに罪悪感を感じて、無理に自粛してたんですか?龍さんはええ人ですねえ」

「おちょくるな・・・・」

はははは・・・・・・

伊吹は大笑いする・・・・・

「何がおかしい?」

「組長になってから突然訛ってきて・・・今じゃあバリバリの大阪弁やないですか。なんでですか?

22年間、標準語つこてて・・・」

さあー

龍之介自身わからない

伊吹に逢いたくて、恋しくて、求めるあまり伝染ってきたのか

組員達の大阪弁に埋もれてそうなったのか

ふっー

「そう言われたら、そうやな・・・」

「それだけストレスなんですか?」

周りの過大評価に疲れているようでもある・・・・・・

「無理に”大阪の極道”にならんでええんですよ・・・・龍さんには極道の血が流れてますさかい。血統書つきですから」

一番不安で、自信の無い時期に、伊吹に甘える事も出来ずに過ごしたた為、かなり まいっていたと言える

「すまん。お前も今までつらかったやろ?お前は・・・一人で・・・ここで・・・」

「情夫(いろ)いうのはそういうモンです」

「もともと酒なんか飲まへん奴が・・・」

ああー

伊吹は笑う

「夜、寝つきが悪うなって・・・ちびりちびりと・・・・」

龍之介は伊吹の肩を抱き寄せる

「お前を守ると誓ったのに・・・・すまん・・・」

「龍さん・・・・龍さんが苦しんでて、私や姐さんが喜ぶと思うてはりますか?勝手な行動しても、我侭でも、

龍さんが幸せなら、私らは幸せなんですから」

今回の事は、聡子も伊吹も、龍之介自身も傷ついた・・・・・・

「情に流されたらあかん時があります。この業界、一瞬の判断で生死が決まります。最後の一瞬に情に目がくらんだら

命取りです。それは覚えておいてください。龍さんは優しすぎるから心配や・・・」

「俺は・・・命捨てても、お前だけは捨てられへん」

「!それがあかん言うてるでしょう!」

「俺は組長は辞めても、お前の恋人は辞められへん」

は〜〜〜〜

ため息の伊吹・・・・・

「こんな組長についてきてる組員は災難や・・・・」

「お前はどうやねん?」

「私は龍さんのためなら組も、命も捨てます」

「・・・・・お前の部下もかわいそうやなあ・・・同情するわ・・・」

「誰のせいやと思てるんですか・・・」

伊吹の瞳から笑いが消える・・・・・龍之介の肩を少し押して再び引き寄せる・・・・

その瞬間に唇は重ねられた・・・・・・

自ら禁じていた涙が龍之介の頬を伝う

唯一泣ける場所・・・・・

そこにたどり着けた喜びと、安堵感が湧き上がる

 (お前だけ・・・お前しかいない・・・・)

伊吹の背に腕をまわして、龍之介は強く抱きしめた・・・

 

 

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