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それから1週間ほどして、宮沢一之進が江戸にやってきて、恭介が宗二朗に引き合わせるために結城屋に呼び寄せた。
「なんでうちに集合しちゃってるんだい?客室貸してやるとも一言も言ってないのに」
悠太、恭介、宗二朗、一之進が膳を囲む中、誠次郎が一人でむくれていた。
「悠太が主役なんだから、ここで集まるべきだろ?つーか、俺なんか、自分ちにこいつ住まわせてんだぞ?」
恭介はため息をつき、茶をすする。
「お話は伺いました、私は鳴沢家の元家臣、宮沢一之進と申します。宗二朗殿、お久しゅうございます、良くもご無事で」
手をついて挨拶する一之進に、一同は言葉を失う。
「宮沢殿、それではこの者は・・・」
ご落胤なのか?恐る恐る恭介が一之進の顔を覗き込んだ。
「いえ、山本雁治郎殿のお子です」
「誰だい?それ」
部外者その一である誠次郎が、口を挟んだ。
「ああ、殿の乳兄弟。つまり、乳母の息子。流行病で若くしてなくなったけどな」
恭介の説明に一之進は頷き、続ける。
「奥女中のお松さんとの間にお子様がお生まれになりましたが、山本様はご家老のお嬢様と祝言を控える身。
やむなく、お松は乳飲み子とお城を離れることに・・・」
「て、それクズ男じゃないかい?」
誠次郎の横槍に一同は頷く。
「山本様は薄情な事をされましたが、殿様はひどくお心をかけられて、出て行く時に金子と色々高価な物をお持たせになりました」
ええー 一同は意外な結末にフリーズした。
「宗二朗殿がお持ちの短刀も、その時ご拝領になった品でございます。その荷造りをわたくしめが致しましたので、よう覚えております」
それまで口を閉ざしていた宗二朗は、ようやく口を開いた。
「それでは、母に仕送りをしてくださっていた殿は私の父ではなく・・・」
「もし、お松さんが幼いあなた様に、お父様からの仕送りだと仰ったなら、それはあなた様がお父上を恨むことがないようについた嘘。
悪く取らないでください。なので、鳴沢ではなく、山本宗二朗とお名乗りなさいませ」
呆気ない結末に、慰めの言葉もなく黙り込む一同を背に、宗二朗は恭介と帰っていった。
「宮沢様、今日はうちにお泊りください。部屋は無駄に有りますから」
上機嫌の誠次郎はそう言ってにっこり笑う。
「嬉しそうですね、若旦那」
後味の悪い悠太は、素直に喜べない。
「お言葉に甘えて、今晩だけお世話になってよろしいでしょうか・・・実は江戸に行ったら、結城屋の恭介ブランドの簪を仕入れてきて欲しいと
言われましてねえ、若旦那に見繕っていただこうかと」
「旧モデルの在庫なら格安でお譲りできますよ。売りさばいていただけると嬉しいですがねぇ」
突然、商売人の顔になった誠次郎。
「お江戸じゃ流行り廃りのサイクルは早いんでしょうね。田舎では恭介ブランドを一目拝みたいぐらいのレベルですから
旧モデルでも売れますよ。あと、その土地々の豪商に最新ものを頼まれましてね、前金を少しいただいてますから、最新の高い物も
2点ほど頂きます」
頷いて誠次郎は立ち上がる。
「宮沢様やり手ですねぇ〜さ、店に行きましょう、選んで差し上げますよ。あ、悠太は蔵から旧モデル出してきておくれ」
宮沢と、店に向かう誠次郎の晴れやかな背中を見つめつつ、悠太は蔵に向かう。
(まったく人騒がせな事件だったなあ)
苦笑しながら蔵の鍵を握り締め、亡き父の人柄に触れてほっこりする。
(宗二朗さんには申し訳ないけれど)
ショックを受けただろう、しかし真実が分かって良かったのだと思いたかった。
「良かったねえ〜一件落着で、商売も繁盛〜」
一日の売上の帳簿を閉じて、ホクホクで誠次郎は寝床に就く。
「でもショック受けてましたよ?宗二朗さん」
灯りを消して、悠太も床に就く
「ざまーみろだよ。私のことさんざん貶して」
でも・・・悠太はふと気になる。やはりこんな関係は、世間では受け入れられないのだろうか。
「悠太?他人の価値観に惑わされるんじゃ無いよ」
不安げな悠太を、誠次郎は抱き寄せた。
「ですよねえ。私は幸せなのだから、これでいいんですよね。でも、宗二朗さんこれからどうするのかな」
「元いた場所に帰るだろう?あいつにはあいつの人生があるんだから」
結城屋のご落胤騒動に引き続き、鳴沢のご落胤騒動と色々事件はあったものの、だんだんこれからの結城屋の事を
考えざるを得ない。跡取り問題の事だ。一応は老舗である、誠次郎の代で潰すわけにはいかない。
「養子でも、とろうかねえ」
一番楽なのは、結城屋で能力のある若手に継がせるパターンである。幼い子を引き取って育てたとしても、商人としての
才覚は保証されない、しかし・・・
「あ〜あ、悠太〜産んでくれないかい?お前さんの子ならきっと賢い良い子だと思うんだけど」
まだそんな夢を見ていたのか・・・悠太は言葉をなくす。
「若旦那は、子育てもしてみたいんですね」
「うん、悠太がおっ母さんで、私がお父っつあんという、一家団欒が欲しいねえ」
それは、養子がかわいそうな気がする。母が男なんて、受け入れられるのか・・・でも、悠太はふっと笑う、誠次郎と自分と
養子の三人の生活も悪くないと思えた。
「きっと、縁がありますよ。望んでさえいれば、いい子に出会えると思うんです」
頷きながら誠次郎は悠太の襟元をはだけて、その胸元に顔を埋める。
「でも、子供がいたら、イチャイチャしてられなくなるんじゃないかい?」
「当然ですよ、普通の夫婦もそうですから」
ええ・・・急に誠次郎は嫌な顔をする。
「当分いらないかな〜」
なんですか・・・手の平を返した誠次郎の言葉に、悠太は苦笑する。まず、父の誠次郎が成長して大人にならなければならないようだ。
「急がなくていいですよ、そういうのは天からの授かりものですから」
きっと、時が来れば、その子は現れるような気がした。運命に導かれて・・・
悠太と誠次郎が出会い、結ばれたように・・・