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恭介の代理で、宗吾が結城屋に納品に来た。

「若旦那は大奥に納品に行って、まだ戻らないんです」

お茶を客間に持ってきた悠太が、そういいつつ湯のみを差し出す。

「そう・・・皆忙しいね。恭さんも、今日は新しい材料を探しに出てるんだ」

ギヤマンの玉を簪に使うため、職人を訪ねて行ったのだ。

「恭介さんも、熱心ですね」

「結構、やり出したら嵌るタイプだね。それより、浅葱さんから聞いたよ、椿の水揚げで色々あったんだって?」

浅葱も、元同僚となると口が軽くなるらしい・・・悠太は苦笑した。

「まあね・・・もともと若旦那は雪花楼でもモテてて、あの”またお座敷にもきてくださいね”とかいう陰間の社交辞令も

半分は本気なんだよ。あわよくば・・ってね。でも、悠太いるからほとんど諦めてるけどね」

そんな事は初耳だった・・・・悠太は固まる。そんな目で皆、誠次郎を見ていたなんて・・・・

「椿もやるねえ・・・面の皮厚いのか、世間知らずなのか、空気読めてないのか判らないけど」

「それより大旦那さんですよ・・・信じられないのは・・・」

「ああ、若旦那に椿の水揚げ頼んだってあれ・・・」

悠太の中で、平次への信頼がガラガラと音を立てて崩れた瞬間だった。

「確かに、大旦那は悠太を結城屋に出してからは、他の子に悠太の影を追い求めていた節がある。

第二の悠太を探してたと言うか・・・椿がそのうちで一番、悠太に近かったんだ。だからって、あの子は悠太じゃない・・・」

大旦那のお気に入りだと噂され、特別扱いだと妬まれていた雪花楼時代・・・まさかと思っていたが、やはり平次が

自分に執着していた事を悠太は知る。

「私からしたら、大旦那は若旦那にシンクロしちゃってるみたいだ・・・つきあい長いし、第2の自分なのかな?」

宗吾の言葉にどきっとする悠太・・・・確かに悠太の目から見ても、あの二人は仲が良すぎる。

誠次郎を良く知る人物は、自分以外では源蔵と平次の二人。

源蔵は父親代わりだからいいとして、平次に対しては少し、競争心や嫉妬心を感じずにはいられなかった。

まさかと打ち消していた想いが、大きく悠太の中で膨れ上がる・・・・・

なんだかんだと言いつつも、誠次郎は平次に対しては、特別扱いだ。

上手くは言えないが、気を許していると言おうか・・・

「悠太、深刻にならないで・・・だからって、大旦那が若旦那に片思いしてるとか、大旦那が悠太を狙っているとか

そんなんじゃないし」

判っている・・・・しかし・・・悠太は、自分が介入できない誠次郎と平次の関係をなんとなく感じている。

そして、それが、なんとなく気になるのだ。

 「とにかく、最近色々波乱に富んでるねえ。若旦那が鳴沢の元家臣の人を、悠太の浮気相手と勘違いしたり

椿の横恋慕騒動が起こったり、大旦那の悠太執着疑惑とか・・・倦怠期、来なさそうだね」

苦笑する宗吾を横目に、悠太は困り果てる。

「そんなの、団体で来なくていいんですけどね。恋の道は険しく遠いですね・・・」

はあ・・・悟りきったような悠太の言葉に、再び苦笑の宗吾。

「それに引きかえ・・・・宗吾さんところは安定していて、いいですね」

今でこそ安定しているが・・・と宗吾はため息をつく。

「今はね。だけど昔は、恭さんハンパなかったからねえ・・・・その頃は、私達はただの陰間と馴染みだったから・・」

「でも、辛かったんじゃないですか?」

そうだねえ・・・・遠い目をして宗吾は頷く。

「どんな仲であれ、そういうのは心穏やかでないかな・・・判っていても、気持ちは割り切れないね」

「ずっと、恭介さんの事、想い続けてたんですね・・・」

陰間の片思い・・・このやるせなさは悠太も身に染みてわかる・・・・

「何しんみり話してるんだい?」

大奥から戻ってきた誠次郎が入ってきた。

 「若旦那、お帰りなさい。お茶お持ちいたしますね」

笑顔で出てゆく悠太を、誠次郎は見送る。

「若旦那・・・・幸せ者ですね〜浮気なんかしたらバチがあたりますよ?」

意味深な宗吾の言葉に、誠次郎は首をかしげた。

「だから・・・なんだい?」

「モテるのは仕方ないけど、悠太を不安にしないでくださいね・・・」

(いや・・・不安なのは私だって・・・)

心の中で抗議していたりする。

 「モテないよ〜私は」

「少なくても、悠太と恭さんと椿にはモテてますよ」

それを言われちゃ、身も蓋も無い。

「恭介は、今はお前だけなんだから、根に持つんじゃないよ・・・」

根に持つつもりは無いが、宗吾は、あまりに誠次郎に自覚が無いので心配なだけなのだ。

「お茶入りましたよ。お疲れ様です」

悠太が入ってきて、誠次郎に湯のみを差し出す。いつもの何気ない、当たり前の気遣いが、誠次郎の心に染みた。

 「私は悠太を不安にさせているのかねえ・・・・」

宗吾の言葉に、少しひっかかっている誠次郎。

「何のお話ですか・・・」

いきなりそう言われても答えに困る悠太。

「椿の件・・・・気にしているみたいだよ」

小声で宗吾が耳打ちした。

ああ・・・悠太は笑う。

「嫉妬の対極は無関心。好きな人の事は色々気になるのが普通じゃないですか?理屈じゃなく・・・ねえ?宗吾さん」

 いきなりふられて宗吾は困った顔をする。

「そういうもの・・・かな・・」

恭介の事を信じてはいても、時々不安になったりはする、今でも。そうかも知れないと宗吾は思う。

「でも、そういうの、やりずぎると嫌われるよね?」

誠次郎の言葉に大きく頷く二人・・・・

「ちゃんと所帯持って、子供いても別れちゃう男女も多いんだから、私達みたいなのは不安定で当然ですよね」

そう締めくくって宗吾は立ち上がる。

「だから、相手に負担かけない努力も必要だろうな・・・って、さっき思いました」

そう言って去ってゆく宗吾の後姿を追いつつ、誠次郎も悠太も、宗吾の言葉を心に刻む。

すれ違い行き違い、素直になれず、色々なものに怯えながら遠回りしてきた。

でも、今、掴んでいる愛しい人の手は離さないように、しっかり掴んでいよう。

「色んな分岐点で、私は決断しきれずにうろうろしたけど、今ようやく掴んだものは離したくないねえ・・・」

もっと器用に生きてゆければ楽なのに・・・・悠太は誠次郎に対して、いつもそう思っていた。

しかし、不器用だからこそ、好きなのかも知れなかった。

(きっと私は、恭介さんみたいな器用なタイプは駄目なんだろうな・・・・)

そう思うと笑いがこみ上げてきた。

 

 

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