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次の日、浅葱が平次の部屋を訪ねた。

「大旦那さん、ちょっといいですか?」

「どうした?」

椿の水揚げの仕度の費用をソロバンではじきつつ、平次は顔をあげた。

「椿の事なんですけど・・・結城屋の若旦那にお願いするってどういう事なんですか?」

ああ・・・ため息と共に頭をかく平次。

「断られた。誠次に」

当然でしょう・・・・浅葱は呆れつつ座った姿勢で平次ににじり寄る。

「椿はまあ、仕方無いとしても、大旦那さんまで、どうかしていますよ?」

「誠次にも、ヤキがまわったって言われた・・・・」

「陰間を大事にするのと、甘やかすのは違いますよ?それに、結城屋の若旦那はお客ですらないじゃありませんか」

それは判っていたはずなのだが・・・・いたたまれずにキセルで煙草を吸い始める平次。

「大旦那さんは悠太に執着しすぎですよ。椿を悠太にしようとか思っていませんか?」

しかし・・・諦めきれないものはしょうがない。平次は拗ねる。

「結城屋の若旦那は、椿を仕上げる事も、磨き上げる事も出来ませんよ。そんな技術、あの人にはありませんから。

あるのは悠太への愛情だけ」

ああ・・・平次は目からうろこが落ちた気がした。大事な、一番肝心な事を忘れていた。

今の悠太を輝かせているものは、誠次郎の愛情なのだ。加納屋に無くて、誠次郎にあるものはズバリそれなのだ。

「そして、私達がここにいて得ることが出来ないものも愛情でしょう。もし、結城屋の若旦那がOKしても、私は椿のために反対しますよ」

肌を合わせれば、判ってしまう・・・自分が相手を愛しているのか、相手が自分を愛しているのかが・・・

椿の水揚げを誠次郎に頼むと言う事は、好きな人に愛されていないという絶望感を椿に実感させると言う事なのだ。

「そうか・・・そうだよな。判っていたつもりでも、判っちゃいなかったんだな・・・」

「というか、悠太にこだわらなくてもいいんですよ。どうして、悠太の代わりを無理に作ろうとするんですか・・・」

そうだよなあ・・・・・頷きつつも、平次にも判らない。どうして悠太に執着するのか・・・

 「もしかして・・・悠太の事好きなんですか?それとも・・・結城屋の若旦那とフュージョンしちゃってます?仲がいいのも程々にしてくださいよ」

え・・・浅葱の言葉に、平次は戸惑いつつ、一旦は否定する・・・・

「まさか・・・そんなはずは・・・」

「まあ、大旦那さんはストレートだから、それは無いでしょうが・・・時々あるんですよ、惚れた相手と、知らずに融合しちゃって、

その人の恋人に惚れちゃう事」

「な、なに判ったような口利いてんだよ・・・」

なけなしの強がりで、かろうじて否定する平次・・・

「はははは・・・そうですよね・・・でも、陰間ナメちゃいけませんよ?大旦那さんより多くの人と、密な関係を私達は結んでるんですから。

それこそ知りたくなくても、肌をあわせりゃ色々知っちまうんです」

そう言って、浅黄は立ち上がって部屋を出ていった。

 

ーもう・・・平次さんは二言目には誠次、誠次・・・・本当に仲がいいのね・・・別に妬いてはいないけどね・・・−

お紺が昔、そんな事を言っていたのを思い出した。

(いや、だからって・・・)

誠次郎に片思いな自分を想像して、平次は少し気持ち悪くなった・・・・

(違うだろ・・・・第一、悠太しか頭に無い誠次に想い寄せても、俺が可愛そうなだけだし、つーか・・俺、嫁いるし)

しかし・・・お紺が、誠次郎にとっての悠太のような存在かといえばそうでは無い。

幼馴染で、妹みたいに世話していたら懐かれて、そのうちだんだん思春期が来て、お互いよそよそしくなったりもしたが、

お町が仲をとりもってくれて所帯を持った。

お紺はいつも平次に尽くして、ラブコールを送った。女に好かれて悪い気になる男はいない。

(それだけなのか?俺って・・・)

深く考えた事も無かった。普通に可愛くて、よく出来た嫁・・・お紺になんの不満も無い。

夜は郭にいて、構ってやれない日常で、お紺は家を守っている。何の文句も言わずに・・・・

ありがたいと思う。感謝している。

しかし・・・・誠次郎と悠太のように、運命的な物を感じるかといえば、NOだ。

(こんな事考えてる俺って、おかしいな・・・)

惹かれているのは、誠次郎と悠太の劇的な関係なのか・・・・

確かに、惚気てくる誠次郎が、平次には羨ましく思える。

しかし、今回の椿の水揚げの件は失敗だったと思う。よりによって誠次郎に頼むなんて、どうかしていたのだ。

(椿にはちゃんと説明して、加納屋にでも頼むかな・・・しかし・・なんでウチの陰間達は誠次郎が好きなんだろうか・・・誠次のたらしめ・・・)

皆、誠次郎を見ると社交辞令で誘うが、これは半分は本気だという事は平次は知っている。

まるで気も無い男に、そんな社交辞令は出るはずも無い事を、平次も知っていた。

最近では、悠太との関係を知り、可能性を夢見る陰間も少なくない。

(誠次って案外、罪な奴だな・・・)

 諦めたように平次は立ち上がると、浅葱に一言かけて一旦家に休みに帰る事にした。

 

 

 

「どうした?悠太、昨日から、うかない顔してるねえ・・・」

いつもの売り上げの勘定をしている誠次郎は、お茶を運んできた悠太にそう笑いかける。

「ええ・・・」

昨日の雪花楼からおかしいのだ・・・・

「何かあったのかい?まさか・・・昨日、浅葱の部屋にあの子もいたけど・・・なにか聞いたのかい?」

「あの子?・・・」

「椿だよ・・」

誠次郎の口から椿の名が出た・・・・悠太は不安が増してくる。

「大旦那さんから・・・何か言われませんでしたか・・・・」

「何か聞いたんだね?」

はい、とも、いいえ・・・とも言えない悠太。

「椿は誠次さんが好きみたいですね・・・2階に上がった時、浅葱さんとの会話が聞こえてきて・・・」

「気にしなくていいよ。お前が椿に負ける事なんか無いんだから。というか・・・私には悠太だけって事、まだ信じてないのかねえ・・・・」

「断ったんですか・・・」

「当然だろう。陰間が客を選ぶなんざ、100年早いんだよ。それより、平次はお前に執着しているように見えるけど?」

 自分を通して椿を見ている・・・という事だろうか・・・悠太は考え込む。

「でも、悠太・・・嫉妬した?」

勘定を終えて、誠次郎はそろばんをしまうと、就寝準備を始めた。

「というか・・・まあ、そうですけど・・・て、浮気されて平気な人なんていないでしょう?もう!なに嬉しそうな顔してるんですか!」

いや・・・と言いつつも、前回の仕返しとばかりに誠次郎は嬉しそうである。

「にしても、悠太、平次には気をつけるんだよ?やはり、執着してるように見えて仕方ないからねえ・・・」

まさか・・・と笑いつつ、悠太も灯りを消すと床に入る。

「夜は誠次さんは忙しくて、雪花楼に行けないんですよね・・・・」

うん、月明かりの部屋で、手探りで悠太に腕枕をする誠次郎・・・

「夜は、悠太といちゃつくから忙しいねえ。まったく、時間がいくらあっても足りやしない」

「椿は、私に似ていますか・・・」

まだ、少し気にしている悠太が可愛いと思える誠次郎・・・

「さあ・・・どんな子だったか思い出せないねえ・・・悠太を前にして、他の誰かなんて頭に浮かぶはず無いじゃないか」

(若旦那って、かなりたらしだなあ・・・・)

呆れた悠太が、そっと苦笑した。

 

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