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「という訳で、以前にも増してラブラブなんだよ・・・」

あれからずっと心配していた平次に、誠次郎は例の行商人の顛末を語った。

「なんだかアホらしいと言えばアホらしいな」

 思ったとおりの結末に平次はしらける。

「世界が終わるような大騒ぎしといて、あっけなかったな・・・」

う・・・返す言葉が見つからない誠次郎。

「結城屋の若旦那・・・いらっしゃいませ。お茶をお持ちいたしました」

見習いの椿が平次と誠次郎に茶を持ってきた。

2年前に雪花楼に来て、平次は悠太の代わりの花魁候補だと大事にしていた。

確かに、何処となく悠太に雰囲気が似ており、賢い、気のきく少年だった。

「今度水揚げ予定でな、旦那を探しているところだ」

「どうぞ、よろしくお願いいたします・・・」

手を突いてお辞儀をすると椿は出て行った。

「おや?加納屋に頼まないのかい?」

平次は加納屋を買っていて、大事にしている陰間は、ほぼ加納屋に頼んでいた。

「実はな・・・加納屋の前に、お前に聞いてみようと思ってな」

「何を・・・」

「椿の水揚げをしてくれないか」

はあ?誠次郎は固まった。

「加納屋がさ・・・結城屋には敵わないってぼそっと言った事があるんだ。悠太をあそこまでに良くぞしたってな」

はあ・・・・

「お前の手が付いた後の悠太は、俺の想像以上に艶が出た。加納屋だって、あそこまで磨き上げるのは不可能だって

舌を巻いていたんだ」

「おい!」

誠次郎が半切れした。

「なんていい方するんだい?そりゃ、私が悠太を見請けしたのは事実だけど、悠太は陰間じゃないし私は客でもない。

ましてや仕込み屋でもないんだよ」

「椿がな・・・お前に惚れてるんだ・・・」

「ヤキがまわったねえ・・・それでも郭の主人かい?勘違いするんじゃないよ」

客に惚れるなーそう言っていたのは平次だった。

「いつから、陰間の希望聞いて客とるようになったんだい?」

「最初くらい、聞いてやりたいだろ?どうせ地獄の入り口なんだから・・・」

はははは・・・・誠次郎は引きつった笑いを浮かべた。

「それはいいとして、なんで私なんだい?私は客じゃないよ。ここには商売で来てるんだよ?」

「陰間は買えないか?」

「私の過去の状態を知ってて言ってるのかい?とても寺小屋からのダチとは思えない事を言うねえ・・この話はおしまいだ。

悠太の耳に入れるんじゃないよ?」

噂をすれば・・・悠太が挨拶しながら入ってきた。

「すみません遅れたでしょ?恭介さんの帰りが遅れて、家で待たされてしまって・・・」

「なんだ、今日は悠太いないなあと思ったら、別行動してたのかい」

平次もさすがに悠太の前では、モードを切り替えている。

「私は大奥から雪花楼に、悠太は恭介のところから雪花楼に。ここで待ち合わせしてたんだ」

何もここでデートする事無いだろう・・・平次は呆れる。

「あ、大旦那さん、浅葱さんおられますか?宗吾さんが、かりんの砂糖漬け作ったから差しいれるよう言われたんですが・・・」

「ああ、もうそんな季節か・・・二階にいるから持って行っておやり」

宗吾が雪花楼に来た頃、世話をしていたのが浅葱だった。兄貴分の浅葱には今でも忘れず、事あるごとに差し入れをしている。

風呂敷を手に悠太は、かなり久しぶりの二階に上がる。

ー椿、水揚げの旦那決まったかい?−

二階の廊下を歩いていると、浅葱の声が聞こえてきた。部屋で誰かと話しているらしい。

ーまだです。私は結城屋の若旦那がいいんですけど・・・−

え・・・幼い陰間の口から誠次郎の名が出て、悠太は思わず身を潜めて、会話に聞き入った。

ーえ?結城屋の若旦那?それは無理だよ・・・あの人はウチのお客じゃないよ。大旦那さんの昔からの友達で

ここには商売で出入りしてるんだから。あの人は陰間なんて買わないよー

ーでも、雪花楼の陰間を見請けしたって聞きましたよー

ーそれは、火傷して、売れなくなったから結城屋で引き取って・・・−

ーじゃあ・・・あの手代の悠太さんとは、なんでもないんですかー

ーそういう込みいった話は、ここでは出来ないけど、とにかく若旦那は陰間は買わないよ。あれでも人気あってね、

いろんな陰間が誘ったけどダメだったしー

ーでも、大旦那さんが口利いてくれるって・・・−

ーえ?嘘・・・−

浅葱が驚いて言葉を無くす。

悠太は話が途切れたのを確認し、一呼吸置いて声をかけた。

「浅葱さん、悠太です。宗吾さんからの差し入れをことづかって参りました」

しばらくして、浅葱が障子を開けて出てきた。

「ああ、悠太、来ていたんだね。お入り」

悠太は表情を変えずに部屋に入り、声の主に目を向けた。

色白のあどけない、利発そうな少年が座っていた。

「私が世話している椿だ。」

「椿さん、よろしく。これ、かりんの砂糖漬けです」

悠太が差し出した風呂式包みを浅黄は受けとる。

「ありがとう、桔梗も毎年ありがたいねえ。あ、いまは宗吾だった。私は喉が弱くて、咳が出ると止まらなくて

仕事に差し支えるから、かりんは常備しているんだよ」

そうなんですか・・・・笑って頷く悠太を椿はじっと見つめていた。

 ー悠太〜帰るよー

誠次郎の声がして足音が近づいてきた。

「若旦那がお帰りだ・・・」

悠太を促して、浅葱自身も立ち上がった。

「若旦那、たまには夜来て遊んでいってくださいね、待ってますから」

障子を開けて廊下に出た浅葱が社交辞令を述べる。

「ああ、夜は忙しいから、来れないねえ」

「ご馳走様・・・」

意味深に笑いあう誠次郎と浅葱。椿は後ろで取り残されたような気になる。

「さあ、悠太、行こう」

悠太の肩に腕をかけて、誠次郎は笑いかける。

「はい」

二人去ってゆく後ろ姿に浅葱は苦笑しつつ、部屋に入る。

「見ただろう?若旦那にとって、大事なものは悠太だけなんだ」

(私なんか眼中に無いって事ですか・・・)

椿は唇を噛む。

「椿、若旦那はお前が思っているような、優しいだけの人じゃないんだよ」

浅葱の言葉に椿は顔を上げる。

「子供の頃、妾の子、女郎の生んだ子って結城屋では散々いじめられて、それでも若死にした本妻の息子の代りに結城屋を継いだ。

噂では、いじめた継母を追い詰めて実家のお店潰したって話だ。心の傷は計り知れないし、それを理解できなければ若旦那と本心で

つきあうことは無理なんだよ」

「それが出来るのが、悠太さんだというのですか・・・・」

ああ・・・浅黄は頷く。

「似てるんだよ、あの二人。同じような傷を抱えているというか・・・」

羨ましい・・・・椿は俯いた。

ここに来て、初めて自分に優しく笑いかけてくれた人・・・・

初めて好きになった人には、すでに最愛の人がいた。

(しかも、最初の客になってもらう事も出来ないなんて・・・)

「椿、私達はどの道、好きな人と添い遂げることなんて出来ないんだよ。それが出来るのは、ほんの一握り・・・奇跡のようなもの」

さびしげに笑うと浅葱は椿を抱きしめた・・・・

 

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