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「若旦那〜」

大風呂敷を携えて、お町が結城屋を訪れた。

相変わらず、短い裾の着物に羽のような大きな帯をつけ、大きな扇を手にした珍妙なファッションをしている。

店にいた若い娘たちは、お町を見て取り囲んだ。

「お町さん!次の集会はいつですか?」

「今度はいつ、お菊様にお会いできますの?」

「次の新作、出たんでしょうか?」

「あ〜ごめんね〜今日は仕事で来てるから」

その一言で騒ぎは収まった。

群がるファンも、お町は主管出来る。そんなカリスマ女流作家なのだ。

もちろん、バックには”お菊様”がいる。

お町を怒こらせるという事は、お菊様に嫌われるという事だ。決してお町の逆鱗に触れてはならない。

そして、お菊様を怒らせてはならない。

お菊様に嫌らわれるという事は、菊娘としての死を意味する。

「源さん〜若旦那いるぅ〜?」

いつ見ても変わり者のお町に、源蔵は慣れないでいる。

「今、髪結いさん来ていましてねえ・・・そろそろ終わりますから、客間に行っていてください」

「おっけ〜い」

最近、マイブームの謎の異国語を発しつつ、勝手知ったる結城屋の客間に向かうお町。

「ちょ・・・お町さんのさっきのあれ、”れげれすご”じゃない?」

「”桶”とか聞こえたけど?そうなのぉ?」

「そうよ〜〜〜えげれすごよ〜〜かっこいい!!!」

かしましい町娘達を横目に、源蔵は仕事を始める・・・・

 

 

「すまない、待たせたね・・・」

髷を結いなおした誠次郎と悠太が客間にやってきた。

「若旦那・・・・なんでお妙さんじゃなくて、新吉さんが来てるの?」

客間に向かう途中の廊下でお町は、店主の髷を結った後、使用人たちの髷を結うために大部屋に向かう新吉とすれちがったのだ。

結城屋は昔から源蔵つながりで、お妙が担当していた、それがいきなり新吉に代ったのだ・・・・お町の疑問は当然である。

「大人の事情でね・・・」

(なにそれ?)

心で、誠次郎に突っ込みを入れる。

「それでさ、大奥に納品する新刊持ってきたわよ。確かめてね」

どん。と机の上に大風呂敷を置く。

 悠太は、それを棚から取り出した注文書と照らし合わせて、購入者別に振り分け始める。

「将軍様の最愛の御側室が、御懐妊ですって?」

さすが、流行作家は早耳だ。

「ああ、おめでたいねえ・・・」

「何か隠してない?若旦那?」

はあ?お町の意図がつかめない。

「私、お藤様って女装男子だと信じてたのよ?今度の作品は、それで行くつもりだったのに・・・」

「やめなさい。それは・・・大奥いじるなんて命知らずだよ」

内心ひやひやしている誠次郎は、お町の勘の鋭さに舌を巻く。

「そうよねえ・・・でも萌えない?男しか愛せない将軍様のために身分を偽り大奥に乗り込む女装男子・・・女の中で男一人・・・・

毎晩お召しになって、あんなことや、こんなことになって・・」

「で、御懐妊されました。終わり」

誠次郎の言葉に夢破れてがっかりなお町・・・・・・

「マジ、女の人だったの?がっかり。将軍様もただの凡人ね。武士なら衆道を極めなくっちゃ・・・」

イタい・・・あまりにもお町のイタさに誠次郎は声も無い。

もはや、これは勘と言うより、ただの妄想である。その妄想にたまたま真実が重なっただけ・・・・

「そんな事ばかり考えているお前さんが怖いよ・・・」

「なによ?私は考えてるだけだけど・・・若旦那は・・・・してるでしょ?」

ごほっ・・・隣の悠太が思わず咳き込んだ。こんなにダイレクトに言われては何も言えない。

ははははは・・・・しかし誠次郎は余裕だった。

「そうですよ。男も知らない生娘の妄想なんて、実物の足元にも及びませんよ」

言ったな・・・言ったな・・・めったに見れないお町のしかめっ面が現れた。

「悔しかったら、いい人見つけて所帯持ちなさい」

(若旦那・・・)

悠太の作業中の手が止まる。言ってはいけない事をお町に言ってしまった・・・・・

長い長い沈黙が訪れた・・・・・

「セクハラで訴えるぞ」

おいおい・・・誠次郎は呆れる。

「そう言うなら、私と悠太の肖像権はどうなるんでしょうねえ・・・プライバシー裁判かけますよ?それだけじゃないでしょう?

私に多くのセクハラ発言しましたよね?」

ううっ・・・何も言えずにいるお町の姿に耐えかねて、悠太が間に入る。

「若旦那、大人げ無いですよ。年頃の娘さんつかまえて、言い過ぎましたよ・・・」

「じゃあ・・・」

静かにお町は復活する。

「その実物、教えてもらおうじゃないの・・・取材させなさいよ」

はあ・・・・今度は誠次郎が沈黙した。

「目の前でやるか、一部始終話すかのどちらか選びなさい!」

なんでそうなる・・・開いた口がふさがらない。

「そうよ、前々から気づいていたわ。私の作品はエセだって・・・・でもしょうがないじゃない!私は男じゃないのよ!

やりようが無いじゃない!だから、本物、見せてよ!」

(何言ってんだ・・・こいつ・・・)

もう、狂ったとしか思えない。誠次郎も、悠太も困り果てた。

「なら、まっとうな文学作品でも書いたらどうだい?そのほうがいいよ?後ろ指、刺されないし」

 「菊物で、こんなに売り上げ出してる人に、そんな事言うの?」

と、大奥行きの書物を指されて、誠次郎は何も言えない。

 やはり商人としては、売り上げに目がくらんでしまう・・・・

「大奥に仲介してマージン摂ってる若旦那が、そんな事言えるの?」

だんだん強気になってきたお町に、誠次郎は押されている。

お藤様の話題から、どうしてこんな話にまで発展したのか・・・口は災いの元である。

「解りましたよ。私が悪かった。お詫びにいい人紹介してあげるから、希望を言ってごらん」

「高収入で、イケメンで、私にベタ惚れで言いなりになる奴」

・・・・それは・・・奴隷?悠太は再び、作業の手が止まる。

「出来れば、絶倫な両刀希望。」

はあ???

「何のために両刀?」

「取材・・・」

取材から離れろ・・・・誠次郎は半泣きになる。

「いいのかい?自分の旦那が男と浮気してても?」

「一部始終、私に報告してくれるならいい。または、ヤル時、まぜてくれるか・・・」

 「いるか!そんな奴!ドンだけ露出狂なんだよ!」

キレた誠次郎はキャラが一瞬、変わってしまった。

誰か、優しい、良識のある人が、この妄想作家を引き取ってくれる事を、悠太は切実に願った。

 

 

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