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大奥に納品した帰り道、誠次郎は受け取った注文書を見つめつつ、つぶやいた。

「お菊様って誰なんだろうか・・・」

顔を見せない、正体を明かさない菊娘達のリーダー。

「あのカリスマは正体不明の賜物なんですかね・・・」

だからか、皆、正体を暴こうというものはいない。

「悠太、案外、近くにいるかもよ?お町と一番近い存在だよねえ・・・」

「では、専属絵師のお八重さんですか?」

う〜ん、誠次郎は唸る。お八重もいる席で、お菊様はいたような気もした。

「男って事はないかねえ・・・雪花楼の陰間の誰かとか」

「まあ、正体不明というのが魅力なのかもしれませんよ?」

知らなくていいものではあるが、気になるのが人情と言うもの。

「からくり人形とかだったら、どうしょうねえ・・・」

え・・・誠次郎の奇抜な発想に、悠太は声も出ない。

「瓦版でスクープ!てのも無いし、皆知りたくないのかねえ・・・」

確かに、菊娘のリーダー探り当てたところで、何の特にもならない。

「世の中そんなに暇じゃないんですよ・・・」

そうなのかい?首を傾げる誠次郎。一人の女流作家の妄想に大勢の娘達が、たかっているではないか・・・

これを平和と言わずして何だろうか・・・・

「若旦那〜」

噂をすれば・・・何処からでも湧いて出てくるお町・・・

「丁度よかった。これ・・・新しい注文だよ。それに・・・御代・・・」

早速、手にしていた注文書をお町に渡す。と、袂を探り、集金袋から代金をとりだし、お町に渡す。

「毎度アリ〜若旦那の取り分は引いてあるのよね」

と自分の財布に代金をしまいこむお町・・・・

おや・・・誠次郎は、お町の隣の御高祖頭巾の婦人に目が行く。

「今日は一人じゃないんだねえ・・・」

「集会の帰りよ〜」

ああ・・・お菊様・・・・

顔が見えないものだから、町で会っても見分けがつかない。

背はそんなに高くは無い、小柄な女だ。

「いつもお世話になっていますね。これからもよろしくお願いしますよ」

そういい残して、お菊様はお町と去って行った・・・

「あの声・・・・どこかで聞いたような・・・」

思い出せずに悠太は、物思いに耽る。

「やはり、私達の知っている人物かい?」

「思い出せませんねえ・・・」

気になって仕方が無くなってしまう誠次郎に、悠太は笑いかける。

「そのうち思い出すかも・・・です」

いつもではなく、たまに聞く声・・・そんな感じがした。

と、言っても、特に特徴の無い声だった。特別美しいわけでも、醜いわけでもなく、20代後半の女の声・・・

お菊様探しは難しそうだった。

 

 「お菊様だぁ?」

次の日、雪花楼に納品に行き、誠次郎にお菊の事を聞かれた平次がすっとんきょうな声をあげた。

「何か知ってるかい?」

「俺は一度も会った事ねえよ?」

「マジ?」

それは初耳だった。雪花楼はいわば菊物の発祥地ではないか・・・そこにお菊様は一度も足を運んではいないと言うのか?

「新年のウチの芝居の稽古を見に、何度か来たらしいが、その時ごとに、俺は留守だったし・・・」

「それは意外だねえ・・・・」

何か、ひっかかる・・・

「お前は会ったのかい?」

「何回かはね・・・そういえば、雪花楼関係では、顔見せないねえ・・・平次、嫌われてるのかぃ?」

んな訳ねぇだろう・・・平次は顔をしかめる。

 「なんで、そんなに気になるんだ?」

「正体不明だから」

あ〜あ・・・平次は手のひらをひらひらさせる。

「そんなもの気にするな。アレはただの偶像さ。菊娘にも、なにか崇めるものが必要なんだ。それがその辺の町娘とか

お店の奥方じゃダメなのさ

だから、正体不明の天女なんじゃないか」

そう言われれば、なおさら気になる誠次郎・・・

「別に誰だっていいじゃんか」

関心がまったく無い平次・・・・遊郭の主人と言う立場から言えば、演出は大事だと常々思っている。

大したタマでもない陰間に、ハクをつけて売り出す・・・そんな虚像の楽園が郭だと信じているからだ。

「解ったら、がっかりするぜ?」

そんなものなのか?誠次郎は黙り込む。

「菊娘達の夢を壊すな」

しっかり、釘まで刺されてしまった。

 

「ところで・・・お藤様、御懐妊の大奥の反響はどうだい?」

平次としては桐島の方が心配なのだろうが、あえてお藤の様子を聞いてきた。

「いいよ。よかったですね〜と皆、口々に言うしね。男の子なら万々歳だって。今時、将軍様の子供産みたいなんて娘は

あまりいないね。大奥出て、ハクつけて、玉の輿に乗ろうって魂胆さ。側室になんてなったら、お城から出られないんだから

あたりまえさ」

最近のギャルはシビアである・・・

「お藤様の人徳もあるけどね。あの方は怒らないし、優しいし・・・」

ふうん・・・・・平次には想像もつかない世界だ。

 「なんにしても、男の子が生まれて、お世継ぎになれば桐島様のお手柄にもなるんだから、お前さんも願かけて

お百度参りでもするんだねえ」

なんで俺が・・・平次は不満そうに誠次郎を見つめる。

「お得意様だろう?」

おい・・・・それはここだけの話である。

「もし、女の子が生まれれば・・・」

平次はそれが心配だった。

「大丈夫ですよ、その場合は次期将軍様は、水戸、尾張、紀州の御三家から選出されますから。代々そうされてきましたし」

悠太の言葉に平次は舌を巻く。

「博識だねえ・・・お前は・・・」

「お前さんが無知なんだよ。たまには瓦版に目を通しなさい」

瓦版を読んでいても、やはり関心のない事はスルーしてしまうのが人情だ・・・

「何の問題も起こらなければいいねえ・・・」

このまま、誰にも邪魔されることなく、将軍と、お藤と、桐島の願いが叶う事を誠次郎は願う。

彼らのしようとしている事はただ、大事な人を守ろうとしただけなのだから・・・

「若君でも、姫様でも、元気に生まれて下さればいいですよね」

悠太の言葉に、誠次郎と平次は頷く。

世継ぎがいなくても、子がいれば、老中達もお藤を疑う事も、攻撃する事もあるまい。

産みの親と育ての親・・・家庭環境は複雑だとしても、その子は皆に望まれて生まれてくる。

お藤はきっと、実の子のように可愛がるだろう・・・産みたくても産む事が出来ない我が子の代りに・・・・

 この世の不幸など一切無くして、皆が幸せになれる方法はないのか・・・・

そんな事を考える自分がおかしくて、誠次郎は苦笑する。

「あ〜あ。私もヤキがまわっちまったねえ」

腹黒の結城屋のキャラは何処に行ったのか・・・

訳が解らず、悠太と平次は、ただ誠次郎を見つめていた。

 

 

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