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 「で・・誠次は悠太連れて温泉旅行かい?」

久しぶりに訪ねてきた平次を、客室で接待する源蔵は、店主の不在を告げた。

「はい、慰安旅行とでも申しますか・・」

「まあなあ、悠太のお誕生会も出来ずに過ぎたし・・・あ、誠次の誕生日」

「今日でございます・・・・」

皆、記憶はしている。しかし、祝う事の出来ない誕生日・・・

誠次郎の誕生日は、誠太郎の命日・・・

「恐らく、誠太郎さんの墓参に行くついでの旅行でしょう」

源蔵にはわかる。この前の一件で、誠次郎が何かを吹っ切った事・・・

「源さん、なんか企んでる気しないかい?」

湯のみの茶をすすりつつ、平次は源蔵を見る。

なにを・・・判らない源蔵は、黙って平次を見つめる。

「帰ってきたら、他人じゃなくなってたりして〜あいつら・・・」

え・・・・

源蔵は固まる

「なあに?源さん、反対してたのかい?」

反対ではないが・・・そう簡単なものなのか・・・・

「今回の件で、誠次はかなり切羽詰ってたから、たぶん。もう、うだうだしてる余裕はないと思うぜ・・」

こういうとき、やはり平次は陰間屋の店主なのだと改めて思う。

「問題はないんでしょうか・・・」

老婆心から源蔵は聞いてしまう

「悠太は待ち構えてる状態だから・・・誠次さえ、その気になりゃ、問題ないぜ」

「そうですか・・・」

「源さん、大丈夫?やっぱり反対してる?跡継ぎの問題とか何とかで・・・」

「いいえ・・・」

お瑠依との破談を進めたのは、他でもない源蔵なのだ。

「若旦那が幸せなら、それでいいんですよ」

ふうん・・・

平次は湯のみを置いて一息つく。

「まあ、こればっかりは判らないからな〜期待も、心配もしなさんな」

「にしても、大旦那様、ウチの若旦那が不在で、お粗末さまです」

「いや、源さんと話せてよかったよ。なんにしても一件落着したし」

なんだかんだ言いつつも、平次は誠次郎の強い味方なのだと、しみじみ源蔵は思う。

寺子屋時代から結城屋に出入りしていて、なじみの平次・・・

愛想はないが情は深い。口は悪いが面倒見はいい。外見だけで、世間は彼を、守銭奴とののしる。

さらに、極悪非道の腹黒の結城屋と親友だ というタイトルに拍車がかかる

「ご苦労が多いですね」

少年期から、家の稼業のことでいじめられていた事も源蔵は知っている。

「俺より、源さんのほうが大変だろう?」

確かに、面倒見がよく人情派ではあるが、平次は職業柄、いつも修羅場にいる。

甘い顔など、廓ではしていられない。かえって守銭奴の噂は、都合がいいのかもしれない。

「帰ってきたら、悠太いじめが楽しそうだなあ〜」

笑いながら平次は立ち上がる

「大旦那様・・・・悪趣味ですよ」

源蔵の言葉を背中に聞きつつ、平次は大笑いする。

まだ、上玉であった悠太を逃した口惜しさは消えない。

誠次郎との関係で、悠太がどう変わっていくのか、興味深々である

「じゃあ、また来るわ・・・」

立ち上がり、部屋を出る。

店主が不在だからなのか、安心感が漂っている店内を平次は通り過ぎる。

明らかに、石山藩騒動の頃とは見違えるものがあった。

「店のもんも、主人不在で、羽伸ばしてんじゃねえの?」

当たらずとも遠からずな平次の言葉に、源蔵は苦笑する。

店を出てゆく平次を見送りつつ、源蔵はただ、主人の留守を守る事だけを考えていた。

 

 

結城屋を出て、恭介を見舞いに行く途中で、平次はお町に出会った。

お町も恭介の見舞いに行く途中だったのだ。

「ねえねえ、恭ちゃん大丈夫なの〜若旦那の話じゃ〜よれよれだって?」

どんな表現してるんだ・・・・平次は呆れる

「今から見舞うところなんだが、お町は?」

「あたしも、これあげようかと思って〜」

陶器の器を掲げて、にっこり笑う、お江戸の女流作家・・・

「何だ?それ・・・」

「高麗人参だって〜菊つながりで手に入れたの〜」

はあ・・・・

「小雪先生が恭ちゃんのファンで〜ぜひ持っていくようにって。わざわざ煎じた物を下さったのよ〜〜」

小雪先生 ・・・・・蘭学の女医者で、小石川療養所ではかなりのカオである。

美人で頭もよく、優しく、患者達の評判もいい。

が・・・・

「あの小雪先生が・・・・菊娘だったのか!」

人は見かけによらない・・・・そういえば、浮いた話の一つもない潔癖な所があったが・・・

わざわざ、雪花楼に出張往診してくれたりもしていたが、それは趣味だったのかもと、平次はうなづく。

「え、ちょっと待て!恭介にそんなモン飲ませたら・・・・」

「でも、拷問受けて弱ってるんでしょ?」

でも・・・・・

「・・・恭介には、いらないと思う・・・」

「早く元気にならないと」

「いや・・・他が、もうすでに元気だから・・・」

え・・・

お町は立ち止まる

「身体は弱ってるのにだぞ?宗吾がストップかけて、そりゃあもう・・・」

まあ・・・頬に手を当てて驚きのお町。

「ものすごく恭ちゃんらしい。あたし達、行っても大丈夫?戸を開けたらすごい事になってるんじゃあ・・・」

お町の言葉と同時に、恭介の家の戸を開けた平次は瞬時に戸を閉めた。

「平ちゃん・・・」

「ああ・・お町の言うとおりだった・・・」

 

 

「お見苦しい所を・・・すみませんでした」

改めて家に入ったお町と平次に、宗吾はお茶を差し出す・・・

「どうしょう・・・恭ちゃん、高麗人参いる?小雪先生がくれたんだけど?」

「それ飲んだら回復するのか?」

無理矢理安静を強いられて、布団に寝かされている恭介が訊く

「俺の考えじゃ、精力が増進されちまうんじゃないかと・・・」

腕組しながら平次はうなづく

「恭ちゃんも年だから、体力回復するの遅いんだね・・・」

「いや・・・つーか、何日も叩かれたんだから・・・」

平次がフォローする。

「宗ちゃん〜欲求不満にすると、体力回復しないかもよ〜」

無責任な お町の言葉に、苦笑する宗吾・・・・

「まあ・・・勝手にやってくれ。牡蠣とか刺身とか買ってきたから食え。置いてくぞ〜」

そう言って平次は立ち上がる

「すみません・・・大旦那様・・・」

宗吾も見送りに立つ

「悠太は・・・どうしてますか?」

「ああ・・・誠次と、休暇とって温泉に行ってるらしい」

 ええっ〜〜〜

お町も恭介も宗吾も一瞬固まった。

「なんか・・・いよいよかしら!!」

「待て!若君に何をする気だ!!」

「恭さんは言う資格無いからね・・・」

宗吾に指摘されて黙り込む恭介・・・

「そんなに期待するな・・・誠次のことだから、またうだうだして・・・」

そうでないことを祈ってはいるが・・・・・

ため息とともに、平次は恭介の家をあとにした。

 

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